まとめ・・・というかコピーそのニ(書き物途中) [書き物]

続きです



第十三話 『抱擁?』


「マスター、あの・・・、本当に・・・」
何やら間誤付いた調子で話すのはナーシャ。その先に来る言葉が何か分かっているレイは遮るように言う。
「良いんだ。そのつもりで街まで出掛けたんだから」
「あ、ありがとう・・・ございます。大事にします」
そう言ったナーシャの腕に抱かれているのは少し大きめの紙袋。その紙袋を大事そうに抱えながらレイの後ろを付いて行く。
時刻は午後2時をまわった頃、レイとナーシャは街からSWへと帰ってきた。



距離を取れば必然、銃が有利となる。しかし、銃での攻撃は『点』であり、その銃身の向きと、引き金に掛かる指の動きに注意していれば回避は容易な事。
そんな事、百も承知。ならばその弱点をカバーするには?
答えは単純。『点』の連打による連続攻撃。
晴はソレを実行した。

跳ね上げられるコート。その『中身』は、ホルスターに収まっているリボルバー拳銃。両手の拳銃も合わせてその数六挺。(来る!)茉里は呼吸を素早く吸い、留める。
晴はただの銃使いなどではない。ライフルで狙撃も出来るし、拳銃でピンヘッドショットも出来る。しかし、この男の得意分野は『早撃ち』だ。
(乱れ撃ち!)茉里は脚力の限り床を蹴った。

ホルスターに収まった拳銃は四挺、両手に一挺ずつ。弾数、合計36発。既に一発撃っているので残りは35発だ。(十分!)晴は両手に銃を持ったまま、更に二挺の拳銃を抜き放つ。宙に舞う拳銃。その滞空時間の数瞬の合間に、両手の二挺が弾丸を吐いた。

弾丸が襲い来る。必要最小限の身のこなしでかわす。狙いは甘いが、そのどれもが体に当たる軌道。(逆にかわし難いッ!)今までが正確”過ぎる”狙いだった分、大まかな狙いはかわし難いが、茉里の超人的な観察眼と動体視力が銃身と指の動きを辛うじて捉え、回避を現実の物とする。なおも弾丸は襲い来る。

(次!)6発と5発、撃ち終わった拳銃二挺を素早くホルスターに収めれば、重力に負け落ちてきた新しい二挺が腰の位置にある。その二挺を掴み、更に二挺を宙に放る。次銃装填。続けて撃つ。(んナロッ!逃げんな!)大味な狙いだが、この距離なら十分。連射。激しいガンスモークが煩わしい。

(いける!)その判断は一瞬。相手の視界が発砲煙で悪くなった時、茉里が一段と強く地を蹴り込む。その瞬間、茉里の身体が砲弾のように加速する。模擬刀の切っ先が地面に当たるが気にせず詰める。身体の左側に構えた模擬刀の柄を雑巾を絞るように握り締める。

煙で視界が悪い。そう思った瞬間に、茉里の姿が消えた。(いや、違う!)ガリガリと響く音から詰められている事を悟る。(――だが!)晴は『音』の方へと銃口を向け、二発を撃ち込んだ。

相手が違う場所へと銃口を向ける。自身には当たらない射線。無視する事を決めると、二発の発砲。(当たらない!)茉里はこのまま逆袈裟を叩き込めば良い。しかし、放たれた弾丸は―――

晴が放った銃弾が二発とも模擬刀の尖端、音を鳴らしていた切っ先部分へと命中する。弾丸が保持する運動エネルギーによって茉里の獲物は弾かれてしまった。打ち込みのタイミングが数瞬遅れる。しかし勢いは死んでいない。晴もそれは分かっていた事だった。ただ遅らせただけ。晴は放り投げていた二挺の拳銃をあっさりと諦めて左後方に飛び退いた。
「なかなかやるわね。銃使い」
そう言ったのは茉里。
「ヘヘッ。どうよ?刀使い」
そう返したのは晴だ。
「それにしても、今日はどうしたんさ?」
「何が?」
晴の問いに短く返す。
「いや、まぁ、何かいつもよか太刀筋が若干、荒いかなぁと思ってさ」
「そう?アンタにも太刀筋とか分かるの?」
「そらぁ分かるさ。今まで何度も痛い目見てきたかンね~」
「それじゃ・・・」
「おうよ」

『再開!』と言おうとした時に、入り口から声が掛かった。
「ケンカは・・・ダメ。です」

その声を聞いた茉里と晴は反射的に入り口を見て、そこに立っているレイとナーシャを確認した。



「あー・・・邪魔した・・・か?」
そう言うレイの後ろ、ナーシャがこれまた泣き出しそうな顔で2人を窺いながら、
「ケンカは、ダメ。・・・ですよ?」
その姿を見て、意外な反応を示した人物がいた。
「えぇ~?!何この子!可愛いぃ!!」
茉里だった。先程までの殺伐とした空気は何処へやら。晴の「オイオイ・・・(汗)」と呟いたのも聞こえないようだ。茉里の目が輝いている。茉里の声に少しばかり義骸を強張らせたナーシャだったが、続けるように聞く。
「お二人とも・・・ケンカ、してました」
「ケンカしてなんか無いよ?私達は、練習してたの」
猫撫で声で近付く茉里。それにどことなく警戒するナーシャ。
「ホント・・・ですか?」
「うん、ホントだよ?だから、怖がらないでコッチ来て?」
「ぅー・・・は、はい・・・」
トテトテと、恐る恐る前に出るナーシャ。
「うん!良い子だね~。可愛いなぁこの子」
前に出て来たナーシャを、茉里は思い切り抱きしめる。
「ぅきゅッ?!」
「可愛いなぁ。ヒメもこのくらい可愛いと良いんだけどなぁ」

満面の笑みを浮かべる茉里と、驚いて現状把握出来ていないナーシャの混乱した顔が対照的なシーンだった。


第十四話 『自身の価値』


レイとナーシャが向かっていた場所、それは格納庫だ。
向かう途中、茉里が帰ってきていると知らせを聞いて訓練室に顔を出したのだが、そこでナーシャは茉里から『手厚い』抱擁を受けたのだった。
今、隣を歩くナーシャの顔は心なしかゲッソリとしているように見える。
何やら話し掛けにくい雰囲気を醸しながら歩いて行けば数分で格納庫へと到着する。そこから更に奥の方に乗機『モルトヴィヴァーチェ』が待機姿勢で駐機されていた。
壁面から伸びる外部電源のケーブルがモルトに接続されている事から、今はPCで言う所の『スタンバイ』状態である事が窺える。
「モルトヴィヴァーチェ・・・」
そう呟いたのはナーシャ。じっとモルトの『顔』を見詰めている。
そうする事数分。ナーシャが訥々と話し出した。
「マスター、私はAIです」
まるで自分自身に言い聞かせるように。その言葉にまだ返答はしない。
「私はAIで、この子と一緒にマスターと在ります。でも―」
一呼吸の間を空けて。
「私達AIに、擬似人格を与える必要はあったのでしょうか・・・」
ナーシャは続ける。
「この子は兵器として生まれて、私はマスターをサポートする為に存在して・・・。そんな私に、こんな疑問を抱いてしまう人格は必要無かったのではないか?そんな事を・・・考えてしまいます」
レイはナーシャの話を、言いたい事を理解しながらも先を促す。
「それで?」
「このまま、私がこんな考えを持ったままでは、戦闘は出来ない筈です。だって、この子は兵器で、私はナビAI。それなら単純にサポートするだけの『機械』で良かったんじゃないかって。兵器には感情なんていらない筈ですから・・・」
ナーシャは自分の存在意義を吐露するかのように言った。
レイはその問いに、じっくりと数秒、思考の時間を取り返答する。
「それで?」
「マスター・・・?私は兵器の『一部品』なんです。マスターが私なんかに優しくしたり何処かへ連れて行く理由なんて―」
「そんな事を誰が決めたんだ?」
その言葉に、ナーシャは出掛かっていた言葉を言えずに。
「兵器とか、そんなのは関係無いんじゃないか?それを決めるのは、使う人間なんだ。それにな?こんな言葉がある」
ナーシャは黙ったまま。少しの間を空けて、
「『技術が進歩し、生み出されたロボットは人間に近付いていく。しかし、そのロボットを創り出す人間は、ロボットよりロボットらしくなっている』」
レイはナーシャの頭を撫でる。
「親父が好きな本のフレーズだ。”人間”らしくを求められたロボットは、着実に人間らしくなれた。でも、そのロボットを創り出す人間はな?生きる為に、ロボットのように働くんだ。どっちが『ロボット』か分からない、そんな皮肉でもあるな」
そんなレイを、疑問の視線で見詰めるナーシャに、レイは続けて言う。
「別に良いじゃないか。『それ』を人間が望んだんだ。それを望んだ人間に否定する権利は無いし、俺はそうする気も全く無い」
「それでは答えになりません・・・」
「あぁ、なってないな。答えじゃない。提案だ。ナーシャ、お前が決めれば良い。コイツが兵器か、それとも、助ける事が出来る機械か。それを見極める為にお前の人格があると思えば良い」
「私に決定権は・・・ないです・・・」
「ナーシャは少し前にあの2人にケンカはダメだと言ってたな?それは何故だ?」
「今の話と関係ないです・・・」
「2人に怪我して欲しくなかったからだろう?ナーシャ。それで良いんだ。お前が2人を心配したから止めた。勘違いだったのかもしれないが、その行為は立派だ。あの2人も責めてはいなかった」
「・・・・・・・・・」
「それにな、俺はただの雇われただけのテストオペレーターだ。戦闘をする道理が無いだろう?」
その言葉に、ナーシャは何を思っただろうか。兵器と共に生まれ、兵器を駆るその担い手は、その事を肯定した上で否定している。
矛盾している、と思う。しかし、そうであってほしいとも。
言葉にし難い問い掛けに、この優しいマスターに。
目に涙を浮かべながら、ナーシャは一言だけ、
「ハイ」
そう答えた。


第十五話 『電賊』


暗く狭い空間。そこに鉄の塊がある。否、それは全ての外装を外され、腕部・脚部を除装されたフレーム剥き出しのMMだ。
今、このMMは稼働状態を示すかのように頭部のデュアルアイが鋭い眼光を放っている。
「さて、場所が分かった。後は・・・」
そう呟いたのは酷く痩せこけ、身長の高い男。
「仕掛けるだけだな」
男は手元のモニターを一瞥し、これから行う事に思いを馳せた。
『マスター、割り出しが完了しました。セキュリティホールはかなり少ないですが、問題なく侵入出来ます』
その声の主はあの欠陥品の様相を呈したMMのナビAI。
「よし。なら始めよう」
そう言ってHMDをつけながら椅子に座った。

「はいは~い、今から取り付け作業やるよ~」
そう声を掛けてきたのは整備班主任。その後ろには大きなシートが掛かった荷物が搬送台車に載っている。
「取り付け?何を付けるんだ?」
疑問を投げかけたのはレイだ。その隣にはナーシャ。
「ん?ほら、モルトの専用兵装。これは代用品なんだけどね」
「もう出来たのか?・・・早いな」
それを聞いた主任は付け足す。
「いやいや、代用品だしね。本来のモノはまだ開発中だよ」
「代用品でも早いだろう?まだ二日しか経っていない」
「コレは構造自体が単純だし。それに技研の連中が面白がって徹夜で仕上げたらしいよ」
そう話しながらシートを取る。そこから姿を見せたのは変な形をした物体。
アームのような可動節があるフレームの先に、菱形に並んだ変換式反動型推進器が取り付けられている。折り畳まれたフレームと推進器を合わせた全長はモルトの上半身とほぼ同じくらい。
その横に取り付け基部が可動する構造の小型推進器もあった。こちらは前腕ほどの大きさ。
「これがウィングユニット。その横のが補助翼」
「ウィングユニット?」
レイが聞き返すと、隣のナーシャが説明した。
「機動力を増強する為の物ですね。モルトの設計思想は高速機動を基本概念にしていますから」
「でも本来の『ウィングユニット』とは違いますけど・・・」
そう小さく呟いた視線の先、取り付け作業が開始された。

『あゃぁ、またハッキングですかぁ』
メリルが電脳空間で発見したのは、防壁に弾かれていくいくつもの光の信号。
そのどれもがSWのメインコンピューターに侵入を試みたハッキングプログラムだ。
『普通のコンピューターじゃ無理なんですけどね~』
SWのメインコンピューター『ノア』は量子電導演算器で、それ自体が防御プログラムを持っている。仮に侵入出来ても、第二防壁『ミノタウロスの迷宮』で追い出されてしまう。これを突破したとしても第三防壁には『イフリートウォール』と呼ばれる攻性防壁が、アクセス・発信元を攻撃する仕様となっている。『ノア』は、不正なアクセス・プログラムは全て解析・記憶・蓄積され、同じ手法では絶対に侵入出来ない。
『私もちゃっちゃと仕事終わらせよう~』
メリルは『ノア』にセキュリティを任せて仕事に戻った。

「そっちは囮だ。誰も『パンドラの箱』を開けようなんて思っちゃいない」
『パンドラの箱』とは『ノア』の別名だ。その中には企業が欲しがる情報が掃いて捨てるほどあるだろう。しかし、今回の侵入はそれが目的ではない。
「そろそろ頃合だな」
『了解。『虫』を使って割り込みを仕掛けます』
それを聞いた男が『ヒヒッ』と不気味に笑いながら、
「内部破壊の始まりだ」
そう告げた。

異変は小さいモノだった。誰もが気付かないほど小さな、しかしそれが致命的とも言える。
この時、オーバーホール中のスサノオが、予備機である『ミラージュ』へアクセス、データリンクを開始した。整備していた作業員は、スサノオが使えない間の『応急処置』だろうと解釈し、作業を継続していた。
スサノオがデータリンクを開始する数分前、『ノア』への不正アクセス件数が一気に増加した。『ノア』は何の問題も無く処理し、しかし次の瞬間には三倍ものアクセスが集中。堂々巡りで二倍三倍と増えていくアクセス数を処理するうちに、通常では気付かないほど小さなセキュリティホールが発生していた。そのセキュリティホールは、『ノア』が間接的に管理していた『個別衛星回線』へと繋がるモノだった。

取り付け作業が始まって約15分。
「後はシステムスキャンして同調させるだけだね~」
主任がそう言って視線を向けた先、そこには新しい兵装を取り付けられたモルトがある。
MMの兵装換装は単純で、ウェポンゲートやウェポンベイに差し込むだけで良い。後はナビAIがエネルギーバイパスの接続やシステムの同調などを調整・確認するだけだ。
「今から始めますね」
ナーシャがそう言って目を閉じれば、モルトが静かな起動音を響かせ始める。
『眼』であるデュアルアイが、バイザーの中で一際強い眼光を放つ。

その時。SW内の全てのスピーカーから警報を知らせる声が告げられた。


十六話 『対応』


≪A-6・121回線経由、J8・36スペース断線。廻り込まれました。現在―≫
様々な文字情報が凄まじい速度で画面を奔っていく。
0と1、アルファベットと記号が羅列され、それが解らない者でも、何かが起きている事が分かる程の情報量。
≪A-8・32回線をバックアップ、攻性プログラムの効果36%、J1番からJ9番スペース占拠されました。全てのJエリア凍結実行、阻止されました≫
階層式に表示された電脳空間の、第一階層はその殆どが虫食い状態に赤色に染まっている。第二階層は所々に黄色のエリアが増えつつあり、何時緑色のエリアが赤色に変わってもおかしくない。そんな状況だった。
≪マスター。至急ナタラージャの電脳活性化を要求します。私の処理能力では歯が立ちません≫
画面に踊る文字が要求してくる。いつになく硬い文脈だが、その要求はメリルからだ。視覚エフェクトを情報処理に回している。それが事態の深刻さと、敵の凄さを物語る。
「ノアの防衛プログラムでは対応が難しいようですね。ナタラージャの演算処理能力でどれくらい稼げますか?」
画面を睨みながら、端末で話しかけるのは巽。
≪恐らくは4対6です。敵の目的はノアの内部情報ではなく、ここ、SWの中にあるようです≫
4対6。分が悪い。敵は巧みに『ノア』の防衛プログラムを避け、小さなセキュリティホールをバイパス・拡大して攻めてくる。
『ノア』が目的でない以上、ソレを”繋ぎ”として上手く侵入している。
「分かりました。ナタラージャの電脳を活性化、準備が出来次第、余剰機もリンクさせます」

警報が鳴る。殊更に五月蝿い音ではなく、地味な音と様々な箇所に設けられたランプが『黄色』に光る。
「黄色?電脳攻撃受けてるのか。コレだとウチらには出番無いよ」
特に焦る事もなく山口主任が言った。
「そうなのか?」
疑問を口にするレイに主任が答えようとした時、胸ポケットの中の端末から呼び出し音が鳴り出す。「あぁ、ちょっとごめんね~」と気のない言葉を残しながら呼び出しに応じる。その顔色はすぐに焦りをあらわにした。

≪敵の目標を予測。恐らくは2番格納庫の余剰機『ミラージュS型』だと思われます≫
端末を片手に、その文字を見た巽はきっかりと一秒で予測し、その先にあると思われる敵の目的を理解した。
(ココの内部破壊が目的か!?)
手にした端末に叫んだ。
「今すぐ稼働できるMMを2番格納庫のミラージュS型に向かわせて!」

膠着姿勢で駐機中のミラージュが、低い唸りを上げ、その双眸に光を走らせる。
『侵入成功。構成情報100%ダウンロード完了。全ての回線をシャットアウト、自閉モードで起動』
ミラージュS型が、駐機アームを軋ませながら起動した。

「ヒヒッ。念の為に電脳攻撃は続けておけ。もう気付いただろうが・・・、遅い」
薄暗く小汚い部屋の中で長身の男が笑う。
「ヒハハ。バカだよなぁ。ここまで遅い対応だとは思わなかった!」
男は一頻り笑った後、落ち着いた口調で一言告げた。
「――破壊しろ、ダリア」
『イエス、マスター』
ダリアと呼ばれたAIが冷たい声音で答えた。



「今動ける機体は?!」
焦り声で端末に話しかける主任。その様子は明らかに良くない状況が進行している事を物語っている。
『今動けるのはスナイプくらいです!スサノオは現在オーバーホール中!』
向こうの人物も事態の深刻さを理解しているようだ。その返答に矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「じゃぁスナイプをすぐさま起動!晴クンは今向かってると思うから、完全戦闘駐機!」
『武装はすぐには用意出来ませんよ?!』
「とにかく今は起動!起動!起動!」
そう告げると、主任は端末を乱暴にポケットにねじ込みながら走り出した。
残されたのはレイとナーシャ。2人は事態の深刻さは分かったものの、現状が理解出来ていない。どうしたら良いのか分からないレイを見ながらナーシャがメリルとの電脳通信を試みる。
「・・・・・・?!」
その異常さに気付く。メリルが対応で手一杯、しかもナタラージャまで使用している。そして、読み取った情報から敵の狙いが2番格納庫である事も理解した。
「どうした?ナーシャ」
様子がおかしいナーシャに、レイが声を掛ける。その声にナーシャは我に返りつつも事態をレイに告げる。
「敵がミラージュを奪取したようです。今スナイプが戦闘起動準備中です」
「大丈夫なのか?!」
その問いに、ナーシャは在りのままを告げる事にした。
「正直、スナイプは近接戦闘には向いていません。しかもミラージュはS型・・・格闘戦ベースの機体です。格納庫内での戦闘が予想される以上、スナイプには厳しいです・・・」
ナーシャの簡単な解説に、レイは考える素振りを見せる。
ナーシャは思う。今、マスターに出来る事は無く、私に出来る事も限られている。精々がナタラージャとのリンクを繋いで電脳攻撃の処理を手伝うくらいしか出来ない。そう思うナーシャに、レイが意外な事を言った。
「・・・なら、俺達がモルトで囮になれば・・・どうだ?」
その言葉はどういう意味か。一瞬理解出来なかったナーシャ。しかしすぐに聞き返す。
「それは危険です!第一、私達はまだ戦闘機動すら実行した事がありません!」
「だが・・・、メリルが言ってたじゃないか。感覚で動かせるって」
「でも!」
「ただ逃げ回る。それだけだ。攻撃はスナイプに任せて、俺達は逃げるだけ。それでも出来ないか?」
ナーシャは考える。それは可能か?・・・恐らくは可能。逃げるだけであれば特殊な戦闘機動はしなくて済む。しかし・・・
「・・・危険です・・・」
「モルトは高機動型・・・だったな?」
そう問われる。その問いの真意は分かっている。格闘戦ベースである以上、敵機は同じ高機動型。しかし違いもある。最初から高機動力を基本骨子に持つモルトは、そのコンセプト故に瞬発力と速度の”伸び”は比べられないだろう。
レイはその事を、整備士の勘で見抜いている。
「逃げ回るだけだ。出来る」
そう言いながらモルトに近寄り、ナーシャを見た。
無言のままのナーシャに、レイは告げた。
「行こう」

「おぃおぃ!マジかよ!?」
そう愚痴をこぼすのは晴。
「マジで武装無し?ってか、格闘戦じゃオレ、ただのサンドバッグと同じだってのに・・・」
その声に答えるのはスナイプのナビAI、レティだった。
『仕方ありませんよ、マスター。ちゃんと後で給弾したライフル持ってきてくれる手筈ですし』
乗り込みながらその声に返す。
「お前ねぇ・・・自機の格闘戦スペック、ちゃんと見たか?」
『知ってますよ。スナイプは中・遠距離砲撃型。機動力を捨てて、携行火器の大火力化・火器に対する汎用性を重視してますから』
その返答にため息を吐きながらハッチを閉める。周りの雑音は掻き消えて静かな駆動音が鳴り響く。
「それをな?飛んで火に入る夏の虫って云うんだ」
『それも已む無し、ですよ。ミッションですから』
既に準備を終えていたスナイプは、重い身体をのっそりと動かした。
向かう先は搬入口、巨大エレベーターリフトが在る一画。ココは1番格納庫、敵機がいるのは2番格納庫だ。格納庫の北側と西側の二箇所に各フロアを貫通するような形でエレベーターリフトが通っている。スナイプは重い足取りで北側のエレベーターリフトに乗り込む。リフトが起動し、スナイプを2番格納庫へと運んで行った。

『センサーに感有り。2字方向のリフトが稼動中、敵機と思われる』
駐機アームを引きちぎったミラージュは、稼働音を響かせるリフトの方向を走査する。
『高熱源体、MMと判定。機種、該当一件。スナイプ』
ミラージュS型の視線の先、リフトが降りてきて、スナイプが姿を見せた。
スナイプの姿を目視したミラージュは、スパッド(高エネルギー放出型の近接戦闘用武装。別名ビームサーベル)を抜き放つ。独特の大気を焼く音を響かせながら、
『敵機を排除します』
スナイプに向かって、ミラージュが疾走した。


十七話 『対応・2』


目的の2番格納庫に着くなりミラージュが向かってくる。手にしている武装はスパッド。それを確認した晴は悪条件だと思った。
(スパッドかよ。フレミングアーマー(絶対防御装甲)でも4割くらいしか減衰できねぇぞ・・・)
フレミングアーマーは、実体系(スパイドや砲弾など)に対してほぼ100%の防御能力を持つが、エネルギー系(プラズマやレーザー、メーザーなど)に関しては現時点ではその効力を減衰する事しか出来ない。理論上では無効化出来るが、その際に必要な消費エネルギーが膨大過ぎる為にMMサイズのリアクターでは困難である為、フレミングアーマーの唯一の弱点とも言える。
この戦闘は悪条件過ぎる。戦闘区域が室内である事・スナイプはほぼ武装解除状態である事・敵機がスナイプが苦手とする格闘戦タイプである事・こちらは施設の破壊を極力控えるが敵機は存分に破壊出来る点など、この時点での勝率など、計算するだけ無駄とも言える。
迫るミラージュはスパッドを構える。その構え方に、晴は疑問、と言うより既視感を覚える。構えは下段左。切っ先部分が地面すれすれの状態で体勢はかなり低い。
「おい・・・まさか」
スナイプは姿勢を低く構え、ミラージュの攻撃を交わす体勢を作る。
晴は敵機の構えを知っている。否、先程『手合わせ』した相手とほぼ同じだ。
ミラージュのスパッドの間合いにスナイプが入ると同時に斬撃が繰り出された。
下段左からの跳ね上げるような逆袈裟。それを紙一重で這うように回避する。
(あぁ!クソ!)
やはりそうだ。敵機は『スサノオ』と『茉里』の戦闘記録を持っている。
スナイプは二回、バックステップで距離を取った後、リア腰部装甲にマウントしてある近接戦闘用ナイフを逆手に右手で持った。
「勝ち目がねぇ。相手は白兵戦の鬼だぜ?!」
あの昼間の模擬戦でも、茉里は本気ではなかった。せいぜいが7割程度だったろう、と晴は改めて思う。その戦闘記録を持ったMMが相手なのだ。
スサノオでない分、その機動速度などは数段落ちるが、それでも十分以上の戦闘能力を持っている筈である。マガジンが抜けた銃でバルカン機銃に挑むのと大差ないくらいだ。
そんな状況で、ミラージュは尚も攻撃してくる。
右からの水平斬り、担ぎ構えからの打ち下ろし、正眼からの突き。それらを紙一重で交わし続ける。すると、ミラージュの攻撃に変化が現れた。
単発とも言える斬撃が連携攻撃になってきている。
「クッソ!もう『慣れ』やがった!!」
晴が悪態を吐いた時、西側のリフトが稼働していた。

≪モルトヴィヴァーチェ起動シークエンス実行。エレメントリアクター正常に稼働開始。各部位へのエネルギー供給問題なし。人工液体筋肉への電圧負荷値を最適値へ。各超電磁シリンダ異常なし≫
モルトに乗り込んだレイの視界に起動状況が投影され、その巨体が覚醒する。
レイは自身の右手を視界に映るように動かすイメージを思い浮かべる。
そのイメージと同じように、モルトの尖鋭的なデザインの右腕が投影される視界に映った。改めて右掌を握り込むイメージを浮かべると、瞬時に連動し、モルトの右掌が握り込まれる。タイムラグは体感出来るほども無い。
その事を確認すれば向かう先はエレベーターリフト。
昇降口に乗り、ナーシャに指示を出す。
「2番格納庫へ」
短い指示を、ナーシャは複雑な心境で実行する。リフトは指定された階へと動き始める。その先に、戦場が待っている。

『マスター、西側のリフトが下降しています』
レティが告げる。
「は?リフトが稼働してるって事は武装が送られて来たのか?」
晴の疑問を、レティは否定した。
『いえ。どうやらモルトヴィヴァーチェがこちらに向かっているようです』
その答えに、晴は一瞬思考が停止した。が、すぐに指示を出す。
「おい、今すぐモルトへ通信要請出せ」

『マスター、スナイプから通信要請です。繋げます』
その事を告げると、視界の端、通信アイコンが点灯し、音声が出力される。
『おい!レイだろ?!何やってる?!』
回線が繋がった途端、怒鳴り声が聞こえた。
「晴か。俺も手伝う。俺が囮になって武器調達までの時間を稼ぐから―」
『ダメだ!あのミラージュは、スサノオの戦闘記録を―』
レイは会話を切るように言った。
「それは無理だな・・・」
『どうしてだ?』
「もう到着した」
リフトが目的の階に着き、停止した。

『新たなMMを確認。該当・・・不明。新型と思われる。脅威となりうる為に標的に設定』
リフトから出て来た真新しいMMを、ミラージュは視認し、『敵』と仮定した。仮定とした理由は二つ。そのMMは見た所非武装である、そのMMはまだ敵対行動を取っていない事の二つだ。ダリアのマスターが送り込んだ応援かもしれないが、全ての通信を封鎖している為に確認が出来ず、尚且つ当初の作戦ではダリアが奪取したMM単機での行動となる筈だったからだ。
仮定は仮定でも、最初から敵である可能性を高く設定していれば、こちらに問題は殆ど無い。
改めて問題のMMを視認する。全体的に尖鋭的なデザイン。装甲は薄いようで、そこから導き出されるのはアレが高機動型だと思われる事。
『高機動型であれば厄介。破壊の優先順位を繰り上げ。先に不明機を破壊する』
スパッドを持ち直し、視線を不明機・モルトへと向ける。軽く姿勢を落とす。
すると、スナイプが立ち塞がるように間に入ってきた。
・・・不明機を敵対機と設定。
更に姿勢を落とす。その姿勢のまま、力強く地を蹴った。

ミラージュが戦闘機動を開始した。真っ直ぐにスナイプへと向かってくる。
「クッソ!分が悪い!」
晴が何度言ったか分からない愚痴をこぼす。今のスナイプに、モルトを守りながら戦闘をこなすほどの余裕などない。しかし守らなければモルトは撃墜されてしまう。
「・・・来い。腕一本くらいならくれてやる」
スナイプが構える。左腕を前に、右手に持ったナイフを胸部の前に。
ミラージュが迫る。スナイプが間合いに入り、地を蹴ってミラージュに左手を伸ばす。スパッドが振られ、スナイプの左腕を両断。次の瞬間、紫電を放ちながら落ちていく左腕の影に隠れて、ナイフを持った右腕がミラージュに迫った。
「もらった・・・!」

『敵機の行動解析、この行動は予測範囲内。予定通り』
ダリアは予測通りの行動を実行する。迫る敵機の右腕を、自機の左膝で迎撃する。自機の胴に迫っていたナイフの切っ先は、その寸での所で左膝に弾かれる。甲高い音と共にスナイプの右腕からナイフが離れた。

「なっ?!読まれてた?!」
放物線を描きながら飛んでいくナイフを尻目に、スナイプがミラージュを見る。敵機はその勢いのまま、モルトへと向かっている。
「まずい!レイ!来るぞ!!」

『敵機接近!戦闘を開始します!』
迫るミラージュを前に、モルトが構える。各機関にエネルギーが供給され、『ほぼ』全ての機能が活性化される。肩部と、背部に接続されたブースターノズルから陽炎が発生した。
『来ます!回避を!』
そう促されたレイは、とにかく逃げる事をイメージする。入力された操作に、モルトが忠実に再現する。が、その機動は―
「ぐぅっ?!」
各ブースターから大推力が放たれ、急激なGが襲いくる。あまりの急加速に危うくブラックアウトを引き起こしかけ、続いて激しい頭痛が襲ってきた。
「づぅ・・・っ!」
苦悶を漏らしながらも敵を見据える。敵はスパッドを空振りした姿勢でこちらを見ている。レイは襲ってくる頭痛を奥歯を噛み込む事で押さえ込み、確認する。
「ナー・・・シャ、この・・・ま、ま。引き、付けるぞ」
その声に不安を露にするナーシャが問いかける。
『マスター?!バイタルが危険値に達しようとしています!』
「構うな・・・この、まま、行くぞ・・・」
レイが見据える先、ミラージュが迫って来ている。


十八話 『片鱗』


ミラージュが迫る。尚もスパッドを構えてからの突進。
それを見据えて、モルトは回避行動を取る。
背部のブースターユニットから陽炎が漏れ、続いて推力が迸る。
爆発的な推力に背を押され、モルトが跳躍する。急激な加速Gがオペレーターを襲い、レイの頭痛がさらに酷くなる。
「この、調子・・・で、続けるぞ」
そう言った矢先、レイに激しい嘔吐感が迫る。恐らくは加速Gによる弊害だろう。しかしそれが致命傷となった。
嘔吐感に苛まれている間に、ミラージュが襲い来ていた。既に回避は間に合わない。迫る斬撃を間一髪で交わす。しかし、それを見透かしていたようにミラージュが蹴りを放つ。
「がぁ・・・!!?」
放たれた蹴りは胸部に直撃し、コクピットを衝撃が襲う。モルトは壁に激突して止まり、動かなくなる。
胸部の装甲は大きくひしゃげていて、蹴りの威力を物語る。幸い、複数枚で構成されたハッチが衝撃を分散したようだが、オペレーターには致命的だ。
「づぅ・・・!」
レイを襲っていた頭痛が酷くなる。意識が遠のく。
『マスター!しっかりしてください!マスター?!』
ナーシャの呼び掛けに、返事も出来ないレイの意識は、暗い奥底へと沈んでいった。

「ちっくしょう!やられた!おい、武器はまだか?!」
晴が叫ぶように回線に呼びかける。
『今持って行ってるよ!どうしたの?!』
通信相手から疑問が投げ掛けられる。その疑問に晴が簡潔に答えた。
「モルトがやられた!早くしないとスクラップになるぞ!」
『モルト!?どうしてモルトがそこに?!』
意外な返答だった。両者共に。
「指示したんじゃなかったのか?!」
そこに、介入してくる声があった。
『モルトがそこにいるんですか?!』
巽だ。状況を聞いていたのだろう。しかし、予想外な状況に戸惑いを隠せないでいる。
「・・・なら、レイのヤツは自分から来たって事か・・・」
晴はそう呟きながらスナイプを操縦する。ミラージュからモルトを離すには、敵対行動を取れば良い。マウントされたもう一つのナイフを取る。
果たして、ナイフで武装したスナイプにミラージュが反応した。

『バイタルが異常値を・・・?!一体何が・・・』
ナーシャが疑問に思う。バイタルデータで示されているのは、レイの脳の活動状況。その数値が異常なほど高い数値を示している。常人では有り得ない程の活性状況。それをモニターしていると、一気に正常値へと戻っていく。
意識を失っていたレイの口から言葉が出る。
「設定を【ハスター】に移行、”全ての機構”を発現せよ」
ナーシャはレイが目覚めたと思い、バイタルの脳波情報を見る。が、その脳波は、レイが『眠っている』事を示している。
『マ・・・スター?』
ナーシャが怪訝そうに尋ねるが、レイからの返事はない。そして、この時を境にモルトがナーシャの管理下から外れていた。
≪操縦者からの要請を実行。モード【ハスター・星間を飛翔する者】を実行します≫

依然ミラージュが有利。スナイプは辛うじて応戦しているが、いずれ破壊されるだろう。加えて左腕を喪失した事でバランスにバラつきがある。
「早く・・・早く武器持って来い・・・!」
交戦しているミラージュがふと動きを止め、モルトのいる壁際を見た。
注意深く視線を追うと、モルトが、立ち上がっている。
「何で立つ?!」
今立てば嬲り殺しにされるだけだ。敵機の優先順位ではモルトの方が優先される。ナーシャもそれは分かっているだろう。
「レイ!もう立つな!無理だ!」
その警告に、ナーシャから返事が来る。
『モルトが!私のコントロールを受け付けません!マスターもバイタル上では意識不明の筈なんです!』
その言葉とは裏腹に、モルトが立ち上がっている。
「どう言う事だ・・・?」

モルトが立ち上がった。次に変化があったのはモルトの装甲。全身の装甲がスライドしていく。その装甲の隙間から、スラスターのマズルがせり出してくる。
様々な箇所からマズルがせり出したその姿は、どこか薄ら寒い雰囲気がある。
モルトにミラージュが接近していく。破壊の優先順位は変わらない。先に高機動型を仕留める為にミラージュがスパッドを構える。
『凶つ疾風(まがつかぜ)と成る』
モルトの外部スピーカーから、レイの声が聞こえた。

ミラージュが構えを取った時、地を蹴ろうとした時。モルトの周りには陽炎が立ち昇っていた。ダリアは怪訝に思いながらも敵を見据えていた。が、次の瞬間に起きたのはミラージュが地を蹴る音ではなく、爆音が鳴り響いた。
その爆音と共にモルトの姿をロストする。一体何があったのか思考するより早くミラージュの左側の壁から破砕音が響く。その音の方向を辿るように視線を動かす途中、今度は背後から地面を削る音が聞こえた。
反応が遅れたミラージュに、破砕音付きの衝撃が襲ってきた。

「なんだ・・・?なんだ今のは?!」
晴は自分の眼を疑った。
モルトが消え、一瞬だけ壁を蹴る姿が見えたと思えば次の瞬間にはミラージュの背後に『着地』していた。その姿勢から、目にも止まらぬ速さで回し蹴りを放った。その足先は視認出来る速度を遥かに超えていて、白い水蒸気が漂っている。蹴りをまともに喰らったミラージュが、モルトの時とは比にならない勢いと速度で壁まで『吹き飛んだ』。
壁に激突したミラージュの左腕。瞬時にガードしようとしたのだろう。その左腕はメインフレームごと粉々に『破壊』され、ケーブルや人工筋チューブで辛うじてぶら下がっている。壁に直撃した右背部は装甲が砕け、人工液体筋肉がチューブから漏れ出ている。最早右腕さえもまともに動かせないだろう。
それでも。ミラージュが立ち上がる。もう勝ち目など無いのに。
『・・・止め』
モルトからそんな言葉が聞こえ、姿勢を低く構える。背部のウィングユニットが持ち上がり、その先のブースターが陽炎を宿す。それと連動するように、モルトの全身から、全身のマズルから陽炎が吹き出した。次の瞬間に爆音が鳴り響き、姿が消える。
その瞬間に、壁際に立っていたミラージュが前に駆け出そうとするが、凄まじい速度で迫るモルトに再び壁に叩きつけられる。響く破砕音。風に広がる埃とオイルの匂い。奔る紫電。
ミラージュはモルトの左腕で頭部を押さえられている。そのまま壁に穿つかのように。
『破壊』
モルトの外部スピーカーから声が聞こえる。その直後、右腕を構える。ミラージュが抵抗を見せるがそれも意に介さない。
腕の様々な箇所から姿を見せているマズルからは陽炎。モルトが中段の正拳突きを放つ直前にマズルから大推力が吐き出され、右腕が超加速と共に、ミラージュの胸部に突き刺さった。
モルトが突き刺した右手を引き抜くと、幾本ものケーブルと、機械の残骸を掌に握っていた。それらを引き抜かれたミラージュはそのまま機能停止した。


十九話 『記憶』


真っ白い壁。清潔なシーツが敷かれたベッド。何かの機械類。
そこは病室のような部屋。
此処は一体何処だろうか?そう思う。
誰もいない部屋、誰も横になる者がいないベッド、何に使うのか分からない器械。
(・・・此処は、俺がいた部屋だ・・・)
確証などない。しかし断定出来る。
その空間の扉が自動で開き、一人の少女が入ってくる。
「おはよう、――――くん」
何故か名前と思しき言葉が聞き取れない。
「ん・・・おはよう。――――」
少年の声が挨拶を返す。声からして歳は十歳そこそこだろう。そしてまた、名前と思しき言葉だけが聞き取れない。
(―これは・・・俺の記憶・・・?)
『9号実験体、これから『実験』がある。準備しろ』
部屋に響く個人回線。それを聞いた少女は、酷く複雑な表情で少年の顔を見ている。
「・・・今日も、『実験』やるんだね・・・」
その弱々しい言葉を聞いた少年は、少々疲れ気味な顔付きで返答する。
「仕方ないよ。その為に『生かされてる』んだから・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・それじゃ、行ってくる、ね」
そう言って部屋を出て行く少年の口から、誰にも聞こえない程の小さな声が漏れ出す。
「・・・君には『実験』がないように、ボクががんばるから・・・」

それが、少年と少女が交わした最後の会話となった。

≪報告書:被験体9号、『実験』途中に精神汚染を感知。『実験』の継続が不可能となる。機関は9号の『実験』で得られたデータをベースに、新しい『実験』プランを提案。新プランを該当10号から実施する事となった。
被験体9号はサンプルとして凍結保存される事が決定された。≫


二十話 『力の片鱗・過去の遺産』


「いつまで寝てるんだろうねぇ?コイツは・・・」
そう呟いたのはメディカルルームの主、王(ワン)医師だ。
ベッドに横になって静かに呼吸を繰り返しているのはレイ。
「全く・・・、目の前にいても信じられないよ。『あの機動』で身体のどこにも異常が無いってのは・・・」
あの電賊事件から三日が経ち、SW内もようやく落ち着きを取り戻し、復旧作業とMMの修理が進められている。

モルトが圧倒的な力でミラージュを『破壊』し、事件は一応の終わりを迎え、残ったミラージュの残骸から原因究明を進めている。
それから分かった事は、スサノオを経由してミラージュがシステムを掌握され、スサノオから『正規な手法』で戦闘データ、及び登録オペレーターのスサノオでの戦闘記録をコピーし、これを以って擬似操縦者を形成。予め侵入していたと推測される敵性の人工知能により破壊行為が行われたと推測されている。
侵入に用いられた衛星回線は、スサノオに付着していたセボット(センチメートルサイズのロボット。数ミリサイズの場合でもセボットと呼ばれる。それ以下の物はマイクロマシン・ナノマシンと呼ばれる)を経由した事が判明している。その衛星回線も秘匿性を重視された使い捨ての回線である可能性が高い為、一応の調査は行うものの、そこから犯人が割り出される可能性は極めて少ないとメリルは語っている。



「今回の件で分かったように、SWの電脳警備システムを強化する必要があります。それまでは通常より『控えめ』な活動となるでしょう」
あまり使われる事の無い簡易ブリーフィングルームに巽の声が響く。
「「・・・・・・」」
その場に集まった数人は口を開く素振りも無い。
その後も淡々と事務的な内容を紡いでいく巽。
「―といったところです。その後に関しては―」
「・・・なぁ、『アレ』は何だったんだ?」
話の流れを断ち切ったのは晴だった。その疑問自体があやふやだったが、此処にいる者達にはそれが何を意味するのかは知れていた。
「ありゃぁ何だ?あの時のモルトの機動速度は。有り得ねぇ・・・」
大分落ち着いた感はあったものの、モルトの事に関しては未だに混乱する所が多い。それはここにいる皆が同じだった。
「巽、説明してくれ。お前なら知ってるんだろう?」
その問いに、巽は暫しの沈黙で答えた。
たっぷり二分。二分の沈黙の後に、巽は重い口を開き、訥々と話し出した。
「・・・モルトは、最後に設計された神機・・・です」
そう言うと、巽の目付きが変わる。
「今から話す事は、世界でも数人しか知り得ない事です」
「この事を話す事で、皆さんを私の私怨に、更に巻き込む結果になるかもしれません。それでも―」
「―それでも、聞きますか?」
沈黙は肯定である。皆は沈黙で答えた。



過去にあった話をしよう。そう、記憶を語ろう。

十数年前、科学技術が狂気じみて発展していく時代。その時代に開発されていくMMは加速度的に性能の向上を向かえ、しかし一つの問題が露呈していた。
優秀な『ハードウェア』に『ソフトウェア』が対応しきれなかった。
言い換えれば、MMの性能を、オペレーターが扱いきれない状態が多くなった。熟練のエースオペレーターでさえ持余すMMの性能を、どうすれば解消出来るかが問題視された。
それを解消する計画が立案されるのに、左程時間を要する事もなく。

『ハードにソフトが追い着けないのなら、根本的にソフトを作り変えれば良い。』

その計画は≪ムーン・チルドレン計画≫と呼ばれた。
内容は、人工的にオペレーター適正の高い人間を創り出す事。
平行して進められていた≪神機≫計画の専属オペレーターとしても期待された計画だった。故にこの二つの計画は自然に密接な関係性を持ち、最終的には合同計画となる。
オペレーターを創造するに当たって、使用された技術は正に狂気じみていた。
遺伝子改造・臓器強化・脳内のシナプスネットワークの増強など、『使い道』さえ間違わなければ人類にとって多大な恩恵をもたらす技術だった。
しかし、これが人の業なのか。
計画を遂行する研究者達にとって、『有用な技術』は『有効な手段』に成り代わる。
その計画には道徳心など無く、あるのは『目的の達成』のみだ。
しかし、着実に効果を挙げる本計画は支持され続けた。たとえ人道的に間違っていても。
本計画中に『創造』された子供は9人。『創造』過程で『廃棄』された子供はその十倍以上と言われる。残った子供も、その殆どは死んだとされている。それを知る人間も、片手の指で事足りる程度の人数しかいないが。


二十一話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅱ』


≪ムーン・チルドレン計画≫
この計画は、立案から約7年間続いた。
その終わり方は原因不明の爆発事故だったと語られる。

この計画の一部を、とある少女の視点から語ろう、そう。記憶を語ろう。

少女が一番最初に見た光景は、ガラス越しに見える人間だった。うまくピントが合わないカメラで観たような、曖昧な映像を今でも憶えている。
それからどのくらいの時間が過ぎたのか分からないが、少女が二度目の目覚めを迎えた。その時の事は良く憶えている。いや、憶えていないほうがおかしい。
自分より年上に見える女の子に抱きしめられたからだ。
女の子は何故か嬉しそうな笑顔で少女を抱きしめ、抱きしめられている少女は何が起きているのかさっぱり解らないと言った表情だった。
その時、女の子が口にしていた言葉が印象的だったのを憶えている。

『ありがとう』と言っていた。

それから約三日間。様々な調整や基本学習で過ごした。忙殺されていたと言ってもいい。
睡眠時間は平均で4時間ほどしかなかったが、不思議と少女に疲れなどは無く。基礎過程を終えてから一日目の午後、あの時の女の子と再会する。
再会などと言える程の事でもないが、その時の、少女を見つけた女の子のリアクションが、何年も会ってなかった友人に出会った時のそれと同じくらい大げさだったから。
駆け寄り手をとりながら、嬉しそうな満面の笑みを浮かべ。無邪気に笑っていた。
「久しぶりっ!」
女の子はそう言った。たかが数日しか経っていないのに、何が久しぶりなのだろうか?少女はそう思った。
「・・・あなたと出会ってから、まだそんなに経っていません」
そう返された女の子は、少しばかり驚きの表情を見せ、すぐにまた笑顔に戻りながら、
「そんな事ないよ!あなたは私の『妹』なんだから!」
そんな事を言った。
その言葉の意味が、今なら理解出来る。しかしこの時の少女は理解出来なかった。
「あなたと、遺伝子的な共通点はあるかもしれませんが、血縁関係にあるわけではないでしょう?」
その言葉に女の子は、頬を膨らませて不機嫌を顔に出す。なんとも喜怒哀楽が、表情が豊かな女の子だ。
「ダメだよ、そんな事言ったら。・・・そうだ、名前!私の名前教えてなかったね」
目まぐるしく変わる表情を、半ば観察していた少女。しかし、『名前』という単語にどう反応していいか分からずにいた。
(私には『名前』が無い・・・)
そんな哀しい事を、哀しいとも思わずに考えていると、
「わたしの名前はね・・・」

「メリルっていうの!よろしくね」

女の子は笑いながら名前を告げた。



それから数日間、少女は女の子と共に過ごす時間が増え、女の子から『名前』をつけてもらった。
「ん~・・・、あなたの名前はねぇ・・・」
「名前・・・」
「ポチ!って、ふにゃああぁぁあぁあ!」
少女に無表情で頬をグィ~と引っ張られ、変な悲鳴をあげる女の子。
「それは、ニッポンでの犬の代表的な名前でしょう?」
少しだけ怒気のこもった声。
「・・・うぅ~。冗談なのに~」
「真面目に考えてください」
少々呆れ気味な声で少女は言った。
「じゃあね・・・、ん~・・・」
「・・・・・・」
少女は真剣な面持ちで女の子、メリルを見る。
「・・・ラキシス!ラキシスって良くない?」
その『名前』を少女は知識では知らなかった。
「ラキシスとは、どんな意味があるのですか?」
「それは、秘密だよ」
女の子、メリルは意地悪っぽく、しかし愛嬌のある表情で含み笑いをして教えなかった。
その名前に、メリルの『願い』が込められている事を知ったのはかなり先の話。それは後に語られよう。

それからもメリルと共に過ごし、一月程が経った。その頃には二人は仲が良い姉妹のようだった。ラキシスが姉でメリルは妹のような、立場は逆にしか見えなかったが。
ラキシスの名をもらった少女は、この時が一番幸せだったかもしれないとも思う。何一つ疑わず、外界を知らず。自分達がどんな”存在”なのか、自分という存在がどう思われるかも知らなかったこの時が、一番幸せだったのではないか、と。
しかし転機は訪れる。予兆も無く。

全てはソレから崩れていった。些細な、しかし、大きな崩壊を孕んで。


二十二話  『過去』


「一旦、休憩をはさみましょう。」
巽はそう言いながら水を一口、口に含んだ。決して冷たい訳ではない。長い事室温に晒されたペットボトルの水は温い。
しかし。
自分の中に渦巻く何とも言えない感情を沈静化する事が目的だ。それが温くても構わない。
「あぁ、そうだな・・・。」
そう短く言ってミーティングルームを出て行ったのは晴だった。

廊下の隅、この御時世では人口がすっかり少なくなってしまった喫煙室。一応、申し訳程度のスペースが設置してある。
青い紙製の箱を懐から取り出し、その中から一本を手に取る。そのまま口へ。
右手に持ったジッポの蓋部分を親指で弾けば『カキンッ』と金属音が室内に響き渡る。ホイールを回し火を灯す。
「・・・・・・・・・」
暫し灯る火を眺めながら何かを考える。咥えた煙草に火をつけ、一口目の煙を肺から外へ吐きながら、晴は呟いた。
「理由なら・・・、オレにだってある・・・。」
灯る火を眺めながら思い出す。あれから既に4年。壁に背を預けながら紫煙を燻らせる。

あぁ、煙草が、不味い。



4年前。晴がまだ大学院生だった頃にまで遡る。
その頃はまだ、晴は至って普通の人間だった。
少し違ったのは育った環境。親は少しは名の知れた会社の社長で、自分はその跡継ぎだった。
それまでは順風満帆な人生だったと言える。
しかし晴は大学内で出会う事となる。
燐(リン)と出会い、それまで『跡継ぎ』であった彼は、彼女との出会いで人生が変わった。そう、”変わり果てた”。
彼女と出会い、交際をするようになり一年が経った。
晴は、かねてより彼女が行きたがっていた海外への旅行を思いついた。一年目の記念。プレゼントとしては中々良いと思ったのだ。
その為に慣れないアルバイトをして貯金した。その甲斐有って、彼女はとても喜んでくれた。

旅行の滞在最終日。綺麗に清掃と手入れがされた広場で仲睦まじく過ごす。
この時、晴はある告白を考えていた。それは幸せの絶頂期に抱く想いであり、共に居たいと願えば、自然と辿り着く答えだった。
『結婚しよう。』
その一言を中々に言い出せない。無論、彼女がそれを受け入れてくれる確約は無かったが、それ以上に言わなければ分からない事だ。
そんな事を考える晴を嗜めるように風が吹き、彼女の帽子が飛ばされてしまった。彼女がそれを追いかける。
(よし。彼女が戻ってきたら、言おう。)そう決意した。
帽子を手に戻ってくる彼女を視界に納め、『聞いて欲しい事があるんだ。』そう言いかけた時だった。緊張を押し隠しながら、精一杯の笑顔を浮かべる晴の目の前。たった二メートルの距離。其処にいた筈の彼女が、



見えない『何か』に、






潰されていった。





分からなかった。聞こえなかった。見えるのに『視えなかった』。何が起きているのか理解出来なかった。

目の前で恋人が潰れていった。

骨が砕ける音が、肉が挽かれる音が、『何か』が弾けるような音が、漏れ出る呼気が、彼女の投げかける視線が、優しい印象の声が、風にたなびく長い髪が、



手が届きそうな、そんな距離で、『踏み潰された』。

(?何?分からない。何が起きている?燐はドコ?彼女ハ風ニトバサレタボウシヲオイカケテ、モドッテキテイタノニ。ナンデイナイ?ダイジナ、ソウ。ダイジナコトヲイオウトオモッテイタノニ。ドコカニイッテシマウナンテヒドイナァ・・・)

感情が、頭の中で言葉を紡ぐ。
しかし、理性が。
目の前の現実を受け入れろとばかりに攻め立てる。

(目の前に広がる”赤い”のは?この鼻を突く”匂い”は?中途半端に交じり合った”塊”は?先ほどまで彼女は”何処に居た”?そこの、無残に千切れた”帽子”は?)

(状況を見ろ。”ソレ”は誰だ?考えたら分かるだろう?)
≪ダマレ・・・≫
(オレだって馬鹿じゃない。)
≪チガウ・・・≫

(そこに、潰された”残骸”が、)

≪マチガッテル・・・!≫

(――――――  燐 だ。)

「・・・――――――ァァァあアぁあアああ・・・!」

声にならない声。叫びなど上げられる筈もない。
「ッ!?うぐゥッ?!」
次に襲ってきたのは吐き気だ。正常な生理現象。それさえも鬱陶しく、そして、腹が立った。吐き気を必死になって抑えていると、そこに『何か』が姿を現す。

闇のような漆黒の、混沌の色。ソレからは音声も付いてきた。

≪全く、邪魔じゃないか。踏んでしまったよ。ボクの『ケイオス』が汚れてしまったじゃないか。≫

”邪魔じゃないか。”

それだけで十分だった。まるでゴミを踏んでしまったかのような言葉。
ソレにとって、燐は”それだけの価値”しかなかったと理解し、理解した瞬間に、晴の感情を覆い尽くすモノがあった。
どす黒く、ドロドロと絡みつくような、しかしそうする事でしか『今の自分』を支えられない感情。

殺意などでは足りない。只の憎しみでは意味が無い。嫌悪では蚊程の衝撃も無い。悲しみでは何も役に立たない。恐怖など抱ける筈も無い。

『憎悪』だった。
ソレの全てを、存在自体を。『憎悪』する事でしか自分を保てなかった。

ソレを見る。見れば見る程に、胃の底を覆い尽くすかのようなドロリとしたモノが溢れ出す。その視線に気付いたソレは、大気を震わせ言葉を紡いだ。

≪・・・その【眼】、嫌いだね。その眼は”アイツ”を思い出すよ。≫
(そんな事は知らない・・・)
≪―――だから、≫
(―貴様の意思など関係無い)

≪ 、死んでよ。≫
その言葉と同じタイミングで腕が向けられた。その先には破壊の力が宿っている。
間髪入れずに引き金が絞られ、己の拳程の物体が跳んで来る。
周りのレンガ造りの床面が暴れ、皮膚を裂き、体の至る所が嬲られる。ゆっくり殺すつもりらしい。わざと外されている。―それでも。

(――オレはオマエを”否定”する!存在をッ!何もかもをッ!その”意味”でさえもッッ!!)

声にならない声でそう言った。
そして頭に衝撃が走り、意識が飛んだ。



「・・・・・・」

思い出すまでも無く、今体験してきたかのような心境で手元の煙草を口にする。
が、吸っても煙草からは紫煙が来ない。
ふと見れば既にフィルターまで燃えていた。灰は足元に。

「・・・ハハッ」
晴は自重気味に短く笑い、焦げたフィルターを灰皿に捨てる。

「・・・戻るか・・・」
喫煙室の扉を空け退室する。雰囲気は落ち着いている。しかし、

その眼は”あの時”と同じだった。


二十三話『力の片鱗・過去の遺産 Ⅲ 』  


それぞれがまばらに戻ってくる。
最初から席順など決まっていなかったが、皆が皆元の席へと着く。

誰も物言わぬ空間。静かな一室。

「それでは・・・、続けましょうか」

口を開いたのは巽だった。辺りは沈黙、されど訥々と言葉を紡いでいく。





少女が名前を貰い、”普通”ではない普通な日常を過ごして二ヶ月程の時間が過ぎた。
「そろそろよね!?」
はて?何がだろう?と思うより先に、(何故この人はこんなに盛り上がっているんだろう?)と思っていた。
「なぁにその顔?もうすぐあなたの”弟”が生まれるじゃない!」
そう言ったのはメリルだ。ここ最近、生活を共に(半強制的)して分かったのは、彼女はこの施設の子供を”家族”として捉えている事だった。
しかし少女には”家族”というモノが概念や想念的にしか認識していなかった為に彼女のように喜ぶ事はしなかった。
「・・・前にも言ったのですが、別に血縁関係にある訳では無いので。私はあなたのように喜べません」
その言葉を聞いたメリルは、ハァ、と溜息を吐きながら少女の顔を『むんずッ!』と両手で掴んで、
「それはダメ!ラキシスはそんなだからダメなんだよ!」
そんな事を眼と鼻の先で言われた。
「いひゃいれふ、はなひてふらはい(痛いです、離して下さい)」
じっと見詰めるメリルに辛うじてそう言うと、顔を掴んでいた両手はあっさりと離れていった。
「ダメだよそんなんじゃ。結婚とかできなくなっちゃうんだから」
冗談めかして言うその顔を見て、少女はある事に気付いた。
(顔色が・・・悪い?)
そう思った時には、既に手が動いていた。ぺたぺたとメリルの顔を触る。
すべすべしていたはずの頬が心なしか荒れているように思え、体温も若干高い気がする。
「なんだよぅ。くすぐったい~」
笑いながら言う顔。少女は一時的なものだと判断した。
「・・・体調が良くないように思えたので」
それを聞いたメリルは、

酷く怯えたような、不安そうな顔を、

一瞬だけ見せたような気がした。
「う、うん。ちょっとだけ気分が悪いのはホントだけど。気にしないで良いから」



その後、三日後に”弟”が生まれる事を聞き、メリルははしゃいでいた。
無邪気に。



”弟”が生まれる当日、ラキシスと名付けられた少女とメリルは『野菜畑』と呼ばれる一室の前にいた。
「もうすぐだよ~。楽しみだね」
そう言葉にするメリルの傍ら、少女は複雑な顔でリノリウムの床面の一点を見詰めている。
「・・・どうしたの?」
そう問われるが、少女は沈黙したまま固まったように動かない。

(・・・・・・良く分からない・・・)

沈黙を続ける少女は自分でも分からない”感情”に戸惑っていた。

(何か・・・、私の知らない”何か”が・・・)

(”ソレ”は・・・、危険・・・?)



何故そう感じたのか、それさえも分からない。分からないから答えを見出そうと黙考する。
そんな堂々巡りを繰り返していると、傍らの少女、メリルが大声を上げた。
その声に驚いた少女はふと我に返る。
「・・・・・・え?」
間抜けな声を上げる少女に、メリルは興奮冷めやらぬ声で言葉を続けた。
「なに?もう・・・生まれたんだよ?!”弟”が生まれたの!」
「え・・・あ、・・・そう、ですか・・・」
「うわぁ、リアクション薄いなぁ。ねぇ、そんな事より!中に入って見せてもらおうよ!」
そう言うや否や、ろくに許可も得ずに室内に入っていくメリルに少女はついて行く。
そこには自分が生まれた瞬間に見た光景が広がっていて。
その中央には”弟”が居た。
その”弟”を見た瞬間、少女は、

「――――ッ!?」

言い知れぬ感情の正体を、直感で理解した。
(―――怖い―――)
ソレは『恐怖』だった。ソレの眼を見た瞬間に、心臓が凍りついたようだった。
その瞳は生命を宿してなどいなかった。
その奥底には、推し量れない程の『悪』が感じられた。
少なくとも、その時、少女にはそう思えた。

「わぁ~、美形だね!」
隣に居たメリルの言葉で正気に戻った少女はしどろもどろに返事をする。
「え、えぇ。・・・そうですね・・・」
そう言いながら改めて”弟”を見る。
見るがあの感情は襲ってくる事はなく。
(・・・何故、あんな事を思ったのかな・・・?)

少女は奇妙な感覚を誤魔化した。


二十四話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅳ 』


『急げ!シナプスの異常活性化進んでるぞ!』
『沈静剤効果ありません!』
『被験者の脳内には薬物反応ありません』
『神経系の所為かもしれん。もう一度スキャンしろ』

「どうして・・・こうなったの・・・?」
少女が見遣る先、分厚いガラスの向こうの真っ白な空間のベッドの上。
其処にメリルが横たわっている。
頭や胸など、様々な箇所に電極を取り付けられ、腕からは何本ものカテーテルが伸びている。
メディカルルームの中では白衣の人達が忙しなく動き回っていた。



三時間前。
そう。あの時まで、彼女は、メリルは元気だった。
少なくとも、少女の目にはそう『見えた』。



『私にはね、夢があるんだよ』
メリルは宣言するように言った。
『・・・・・・夢?』
それを聞いた少女は少し間を空けて聞き返す。
『そう!夢!』
嬉しそうに繰り返す。
『―――それは、どんな夢なんですか?』
その問いに、彼女は微笑を重ねながら、

『――――――それはね・・・』



頬を伝う感触と、胸を押し潰すような感覚に目が覚める。
頬を拭う。手指に付いていたのは液体だった。

「・・・私は、泣いていたの?」
涙。
今まで一度たりとも見た事も無ければ、見せた事も無い感情表現。
先程の夢を思い出す。
少女の夢の中で、彼女が言っていた『夢』はどんなモノだったのだろう?
結局は聞けず、また、その彼女も最早いない。
メディカルルームでの『治療』も効果は無く、そのまま苦しんだ様子も無く死んでいった。

その事を思い出した少女の視界が不意に滲んでいく。
頬を伝い、シーツに無数の染みを作りながら。
(・・・もっと、話していたかった)
不思議にもそう思った。
(いつも一緒に居て、ちょっとうるさかったけど、嫌じゃなかった)
(いつも私を連れ回して。何回も怒られたりしたけど―――)
溢れ出す感情を、どうすれば良いかも分からない。
「・・・うぅ、ひっ・・・」
気が付けば、声が漏れていた。
(―――そうか。これが『悲しい』って事なんだ・・・)
(彼女が居なくなって、一晩を過ごして初めて気が付くなんて・・・)

「―――――。」
少女が泣いている背後で、何かが動いた。
「ッ!?」
それに気付いた少女が振り向こうとした刹那、何者かに襲われた。
「ッ!くっ!?」
頭が混乱する。今、何が起こっているのか分からない。何故襲われているのか分からない。
相手の、首を掴む手指の力が少しづつ強くなっていく。
「カフッ・・・」
抵抗する少女の視界に、少年の姿が映った。
「!!?」
「驚いた?ボクが襲ってきたから」
少女が思っていた事を、少年は口にした。そのまま次の言葉を紡ぐ。
「ははっ。アイツも驚いていたよ」
「メリルっていったっけ?抵抗してきたんだ。精神をグチャグチャにしてやったら呆気なく『壊れた』けどね」
「!!?」
「ボクの『目的』の為には邪魔だったからさ。アイツは不要だったんだ」
それを聞いた少女は、絞められる首の苦しみに苛まれながらも問うた。
「ッ・・・くぅ・・・、あ、あな・・・たが、彼女、を、殺した・・・の?!」
そう聞かれ、少年は少し驚いた顔をしながら答えた。
「殺しちゃいないよ。ちょっと精神を弄っただけだから」

「―――まぁ、その後死んじゃったみたいだけどね」

それを聞いた少女は、苦しさを忘れた。
頭の中には悲しみも、苦しみもなかった。痛みはあったがソレは生きている証拠だ。
少女は己の中に渦巻く感情を現すかのように腕を振り回して抵抗した。
「グッ!・・・ふぅッ!」
「そんなに暴れないでよ、『姉さん』。すぐ終わるから・・・」
それを聞いた時、相手を力弱く叩くだけだった手に何かが当たった。恐らくは水差しだろう。
咄嗟にソレを掴み、精一杯の力と、
「わ・・・たし、を・・・」
”怒り”を込めて、

「そう・・・、呼ぶなぁッ!!!」

少年の頭に向けて振り抜いた。
「ッ!がッ!?」
ガラスが割れる音と共に少年の短い叫び声が聞こえた。
少年はそのまま転がって痛みに悶えている。
少女はガラスの取っ手を握ったまま、荒々しく呼吸。
しかしその眼は、少年を射抜くように睨んでいる。
「ハァ・・・ッ・・・ハッ・・・」
少年を見下ろしながら、少女は口を開く。

「・・・あなたの、・・・目的、とか。知らない。でも―」
「そんな身勝手な理由で・・・、彼女を、メリルを!」

「殺したのなら!私は、あなたを許さない!」

痛みに悶えていた少年が、それを聞いて言葉を漏らした。
「・・・許さない?姉さんが?」
囁くように。しかし次第に声は大きくなっていく。
「ハハハッ!アッハハハ!」
「何が可笑しい?!」
「面白いんだよ!ハハッ!許さない?アッハハハハ!」
心底笑う少年に、怒りが募る。
”ギリッ”と歯噛みして、睨む双眸がさらにきつくなっていく。
「許さないなら!ボクを殺せばいいじゃないか!でも姉さんはボクを殺していない。殺すのが恐いんだろッ!?」
「なら、ボクを殺せる状況を作ってあげるよ!」
そう言うや否や、少年は立ち上がり走り出した。
「ッ!待て!」
少女は考えるより早く、それを追かけた。


二十五話  『力の片鱗・過去の遺産 Ⅴ 』


走る。前を行く少年は迷ったような素振りさえ見せる事無く走り抜けていく。
その後姿を見失わないように全力で駆ける。
普段は激しい運動をしない身体が、嘘のように動く。
少年が通路を曲がれば、少女も追い付くべく最短距離で曲がる。手摺りを掴み、遠心力を足から地面へと伝達すればそれは力強い踏み込みとなり速度は変わらない。
ジリジリと距離を詰め始める。
それも束の間。少年が短く告げる。

「―――ハハッ、来い、ケイオス!」

次の瞬間、少女は振動と破砕音に襲われた。
目の前の壁が何かに破壊され、そこから”腕”が伸びてきていた。

(MM!? そうか、この隣はハンガーだ!)
少年の狙いがよく分からないが、これが『殺せる状況』なのだろう。

「なら・・・、誘いに乗ってやるまでです・・・!」

少女はそのまま駆け抜け、ハンガーへと入っていく。
漆黒の機体がのろのろと動いているが気にせず真っ直ぐ己の機体へと向かう。

(ナタラージャはスリープモードの筈。早く起動しないと、アレに遅れを取ってしまう・・・)
少女がタラップを二段飛ばしで駆け抜ける先、其処にナタラージャがある。
操作コンソールに跳び付き、起動させるべくパスコードを打ち込む、が。
画面に表示された言葉に遮られた。
≪入力されたパスワードは正規のパスワードではありません≫
「何で!?パスコードが変更されてる!?」

もう一度パスコードを入力する。
しかし先程と同じメッセージが表示され、パスコードははねられる。
「・・・ッ!!」
焦りと苛立ちが口から漏れ出す。

「遅かったね。まだ乗り込んでないとは思わなかったよ」
漆黒の機体が告げていた。気付けば漆黒の機体はスパイドに手を掛けている。

「もう終わりだね。せっかくチャンスをあげたのに」
手にしたスパイドを大きく上に掲げ、

「もう良いよね?殺すよ、姉さん」
その切先が速度を増して打ち下ろされる。
それを眺める事しか出来ない少女は、涙を堪えながら一言を呟いていた。

「・・・メリル・・・ごめんなさい・・・」
仇をとる事が出来なかったからか、または後悔からの言葉だったのか。口を吐いて出たのはそんな言葉。

”死”が迫っていた。

しかし。
それは予想外にも訪れなかった。
甲高い音に阻まれて。

≪非戦闘員の安全を確保します≫

そんな言葉が脳裏をよぎる。否、これは―

「電脳・・・通信・・・?」
顔を上げて見渡せば、そこにはナタラージャが両手に持ったダガーをクロスさせて、激しく火花を散らしながらスパイドを受け止めている姿があった。
何故ナタラージャは起動しているのか?

≪施設内での戦闘行為を認識。非戦闘員は直ちに安全な場所へ非難してください≫

またも電脳通信。間違いなどではなく、誰かがナタラージャを動かしている。

「・・・・・・逃げません・・・・・・」

そう言っていた。考えなど無かったし、退くつもりも無かった。

≪貴方は戦闘能力を保有していません。直ちに―――≫

「ケイオスのオペレーターを殺す為です!」

ナタラージャの避難勧告を遮って、そう言っていた。
その言葉を沈黙で受け止めたナタラージャの姿勢が少しずつ崩れていく。ケイオスに押されているのだ。このままではナタラージャは破壊され、少女も命を落とす事になる。

≪―――貴方の名前は?≫

意外にも、ナタラージャが問うてきた。
それにどんな意図があるか解らない少女は戸惑い、すぐには言葉が出ない。
その間にもナタラージャの体勢は押し込まれていく。

「―――ラキシス」

少女はそう呟いた。メリルから貰った名を。

≪ラキシス・・・該当有り。当機の正規オペレーターに登録済み≫

ナタラージャの駆動系が唸りをあげ、スパイドを受け止めていたダガーを押し上げる。
それに負けじと押し返すケイオスのスパイドを、機体を左に流すと同時に腕部の力を抜くと、ケイオスの姿勢が崩れ、前へとたたらを踏む。
その瞬間をナタラージャは見逃さず、鋭い膝蹴りを見舞う。膝蹴りはケイオスの胸部に直撃し、破砕音と共に弾き飛ばした。
ケイオスは抗う事無く後ろへと倒れ、それを確認する事もせずナタラージャが振り返る。

≪ラキシス。搭乗してください≫

そう告げるナタラージャの、オペレーターハッチが開いていた。
その中、オペレータールームは無人だ。

「誰も、乗っていな・・・い?」

疑問を口にしながら、ナタラージャの指示に従い乗り込む。
≪着座を確認、メインハーネスをロックします。アームハーネス・レッグハーネス、ロックします≫

「ナビAI? 搭載されていたの・・・?」
三日前の試験の時には搭載されていなかった。しかし、先程の戦闘を無人で行っていたのであれば、ナビAIが代行していたと解釈した方が辻褄が合う。

「・・・あなた、名前は?」
少女は聞いた。ナビAIが搭載されているのならばコードネームが割り振られている筈だからだ。何より、呼び名があるならそっちで呼んだ方が効率が良い。

≪機体名:ナタラージャ、ナビゲーションAIコードネーム:メリル≫
≪マニューバコントロール同調完了。マスター、戦闘を開始してください≫

ナビAIが告げたコードネーム、それは、今はいないあの少女と同じだった。


第26話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅵ 』


「メリル、詳しい事情は後にしましょう」
少女は逸る気持ちを抑え、MMの操縦に全神経を注いだ。
ISD(網膜投影)で映し出される眼前、そこには無様に尻餅をついたケイオスがいる。
起き上がるまであと数秒を要するだろう。

「マニューバテスト、二秒で済ませます」
その声にナビAIは簡潔に答える。

≪了解。マニューバテストを開始します≫

少女は己の体と、この機体・ナタラージャが一体化する感覚を思い描く。
まずは左腕。逆手に構えたダガーを眼前の敵に据えるように構え、続いて右腕を持ち上げ、右頬横に運ぶ。
腕部及び上半身のリンクは正常。若干の機動ズレは認められるが、ナビAIが即時修正する。
次は脚部。
上半身が左腕が前に出ている関係上、左足も前に。
浅く膝を曲げ、踵を浮かせ、軸足に支える程度の荷重を置く。それに連動するように右足も形作っていく。
膝は大きく曲げ、踵は浮かさずに足裏全体に荷重を掛ける。
この時点でのリンクの機動ズレはほぼ修正されている。
それを確認すると腰を据えて低く落とした。その瞬間に重く鈍い音が響く。
構えは大分アレンジされているが、東洋の空手に似ている。
重心は腰から右足を中心としている。スタンスとしてはカウンターを取る構えだ。
この間、キッチリ二秒。

構えを取り終えると同時、眼前の敵も体勢を取り直した。

『フ・・・、ハハ、アハハハハ!』
眼前の敵から、何が可笑しいのか、笑い声が大音量で漏れ出す。

「何が、可笑しいのですか?」
少女は声低く冷たく問うた。

『ハハハ、ハッ。可笑しいじゃないか。姉さんはまだ―』
そう言いながら、ケイオスは突進してくる。

『―本気じゃ無いんだから!!』

構えなど御構い無し、刃筋も曖昧な横払い。
その隙だらけの攻撃を、少女は酷く冷静に客観的に見る。

「ッ!」
呼気を小さく吐き、突進してくる敵に逆手に構えた左手のダガーを投げつける。
ダガーは回転しながら敵へと向かっていくが、払われたスパイドによって弾かれた。

『!?』
しかしダガーを弾いた敵は動揺を見せた。
それもそうだろう。ダガーを投げつけてきた相手が、先程の位置にいなかったからだ。

「貴様程度の相手、本気を出すまでもありません」

その声が聞こえた瞬間、右腕が引かれた。



ダガーを投げつけ、それを敵が弾く為の動作を見た瞬間に、少女は姿勢を変えた。
重心を前に傾けた、左膝を深く曲げた姿勢。上半身は前傾する。
敵のスパイドがダガーと重なった瞬間に右足で地を強く蹴る。
強烈な脚力はそのまま機体を前に押し出した。向かうは敵の右脇。
敵は払ったスパイドが死角となり、懐に深く入り込まれる。

「貴様程度の相手、本気を出すまでもありません」

少女はそう言い残すと同時に敵のスパイドを持った右腕、その手首を左手で掴む。そのまま引き寄せると同時に上半身を敵の右肩に被せるように動き、右腕を最小限の動作で繰り出した。
浴びせるような、至近距離の掌底での右フック。
打ち抜いた衝撃はオペレータールームにまで響き、敵の頭部、主に頚部に重大なダメージを負ったのを容易に想像させた。
擬似感覚を通じて空気が焦げる臭いを嗅ぐ。
敵機の首の部分から漏れ出した電流が空気を焼き、もはや致命傷とも云えるダメージが戦闘の終了を告げている。

筈だった。

『フフ・・・、ハハハハ!』

何が可笑しいのか。戦闘続行が不可能な機体に乗った少年は気でも狂ったように笑い出す。

「・・・・・・・・・」
少女は何も言わずにソレを見ていた。
MMにとって、頭部ユニットは重要な部位だ。集約されたセンサー類や、メインコンピューター、それらを物理的に【断線】させられたMMは只の鉄屑同然なのだ。

しかし。

少女の目の前で、有り得ない事が起きていた。
目の前のケイオスが立ち上がろうとしていたのだ。首からは未だ紫電が走っている。
フレームはその半分が砕け、頭部は残ったチューブやケーブルのみでぶら下がっている状態。
なのに立ち上がろうとしている。

「―――ッ!?」
少女は得体の知れない恐怖から行動した。

敵機の装甲のひしゃげる音。ナタラージャはケイオスに出鱈目な蹴りを見舞っていた。
ガラガラと音をたてながら崩れ落ちるケイオスから、不気味にも聞こえる声が発せられた。

『・・・ヒドイなぁ・・・。いきなり蹴るなんてさ・・・』
そう告げるケイオスは、更にその異常さを増していた。

機体の至る所から、半ば意思を持ったように動くケーブルやチューブが、周りの機械類に伸びていた。脈動するかのように電力を、燃料を、情報を吸い出していく。

『まだ・・・。まだこれからだよ、姉さん』

実に楽しそうな、狂った声が空気を震わせた。


第27話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅶ 』


ズルズルと、それらは音をたてる。
奇妙な光景だ。意思など無いはずの無機質なそれらは、まるで意思を持っているかのように、ズルズルと蠢いている。

『ケイオス。全てを喰らい尽くせ』

それを聞いていたのか、それらは加速したように蠢く。
様々な計器類、エネルギー、重機が無理矢理に接続されていく。
それが何を意味するのか少女には理解出来なかった。否、理解の範疇を超えていた。
「一体・・・何が・・・?」
思わず呟く。その視線の先、不気味に蠢く機械類がある。
≪ケイオスが『同化』を開始したようです≫
少女の質問に答えたのはメリルだった。
「同化・・・?」
事態の異様さに攻撃する事も忘れた少女は聞き返す。
≪ケイオスには特殊機能として『同化』が付与されています≫
≪特殊なマイクロマシンによって機械類等を必要に応じて『改竄』する事が可能となっています。尚、『同化』の最中は絶対防御装甲に護られている為、物理攻撃は効果がありません≫
淡々と解説するメリルに、少女は焦りを露にする。
「なら!どうしたらいいの?!」
それに答えるように、しかし事務的にメリルは答える。
≪絶対防御装甲を撃ち破るにはエネルギー系統の兵装が有効です。現行、対抗出来る兵装はヴェスパーカノン・タイプ2の高エネルギー圧縮収束砲が挙げられます≫
「ならそれを実行して!」
≪了解しました。背部専用武装・トリシューラ展開。タイプ2へと変形≫
背部に実装された2基のうちの1基の専用兵装トリシューラが、接続アームに導かれナタラージャの右腰横に来る。
≪トリシューラ、ピナーカと接続。ロック。バイパス接続、完了。シアーロック、完了。エネルギーチャンバー内正常稼働≫
背部右のトリシューラに背部左のピナーカが後ろから合致する。
元よりこのように設計された武装だが、幾つか問題があった。
≪エネルギー充填開始、サブチャンバー1基、2基、3基、正常に圧縮中≫
それはサブチャンバーで圧縮したエネルギーをメインチャンバーで更に圧縮し、それをバレル内で更に収束する為、発射までのサイクルが非常に長い事であった。
≪圧縮率23%、エレメントリアクター出力、臨界値に到達≫
遅々として進まない圧縮。
ケイオスに視線を移せばその異様は更に進んでいる。
破壊されていた首部のフレームは歪な形で再生が進んでいた。
右腕にはショットライフルが『同化』し、左腕からはエネルギーを供給する為のケーブルが伸びている。
『・・・ハハッ。これが気になるのかな?姉さん・・・』
ゆっくりと立ち上がるケイオスが、ショットライフルの砲口をこちらに向ける。
『これは改竄されてるからね。今はエネルギーブラスターだよ』
楽しそうに、実に楽しそうに告げる。
≪圧縮率42%・・・≫
ケイオスの右腕から低く”ヒューン”と音が鳴り始める。
エネルギーを充填している音だ。圧縮し、そのエネルギーを放出するだけの簡単な機構である以上、ケイオスの方が早く攻撃してくる可能性が高い。
≪圧縮率60%突破。ライフリング高速交互回転開始。足部ロッククロー展開≫
こちらも発射準備が整いつつある。砲身からは甲高い音が唸りをあげ、足部は”爪”が地面を掴んでいる。
左手でフォアグリップを握り込む。
直接握っている訳でもないのに、砲身の振動が伝わってくる。
≪圧縮率81%、脚部膝関節ロック。股関節ハーフロック、腰部対ショックプログラム実行。メインチャンバー、エネルギー充填圧縮中。シアー開放します≫
砲身から微かな駆動音が鳴った。それと同時に冷却材が一瞬だけ吹き出す。
≪照準、自動最適化。トリガータイミング、オペレーターに譲渡します≫
敵対するケイオスが構えるブラスターカノンの砲口に、光が燈っている。
(撃つなら今しかない・・・)
そう思ったのも束の間、ISDの左隅にアラートが点灯した。

〔サブチャンバーNo3に異常発生・圧縮率急速に低下中〕

「な??!」
少女は急ぎ兵装コンソールを開き確認する。
簡略化された砲のグラフィックの、サブチャンバーが存在する部分の一つに異常警報が表示されている。
〔原因不明のエネルギー流出を確認・現在の圧縮率49%〕
実際に視線を砲に移せばその原因は一目瞭然だった。
そこには、ケイオスのケーブルが侵食していた。

『ハハハ!今頃気付いても遅いよ姉さん!』

ケイオスが声高に告げ、ブラスターからは高エネルギー反応が確認できた。
撃たれる。それも数瞬の間に。
少女は半ば無意識に引き金を引いた。

総圧縮率67%
収束安定率73%

不完全な圧縮状態でシアーが完全開放され、発射された。
聴覚を切り裂くような発射音。大気を焦がすエネルギー。

閃光で視覚が焼かれる。実際はフィルターが間に入るが、それでも遮断できないほどの光量だった。

程なくして発射音は止み、ホワイトアウトに陥っていた視覚が正常に戻っていく。
その眼に映ったのは、

融解し、その表面がガラス状になった壁や地面だった。
それだけのエネルギー量を放った砲身も歪み、砲口も融解している。
周りも凄惨たる光景だ。不完全な圧縮と収束は、数割のエネルギーを熱量として放出してしまっていた。
衝撃波と熱量でこの空間は正に戦場跡と化している。
≪アラート。敵機は未だ健在≫

『・・・まさかね。こんなに高威力だとは思ってなかったよ』

分かっていた。今の攻撃で仕留めていない事など。
ケイオスがこちらに砲口を向けていた。

『でも。これで終わりだね』

                 誰か、助けて―――

少女は呟いていた。



『じゃぁね。サヨナラだよ、姉さん』

引き金が引かれる。


第28話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅷ 』




ボクは落ちこぼれだ。
試験結果も良くはないし、何より周りの『大人達』の態度からそれは痛いほど分かっていた。
結果が出る度に大人達は言った。

『やはりコピーでは駄目だ』

不出来なボクは、やがて興味の対象ではなくなったようだ。
試験も無くなったし、廃棄処分も決まっている。
それまでの間は自由に行動して良いらしい。
そんなボクだけど、必要としてくれるモノがあった。
ソレは最近になって出来たモノだった。
ソレは何も知らなくて。まだ完成してなくて。
不出来なボクに似ていた。

ロールアウトすらしていないMMだった。

装甲も第三装甲までしか取り付けられていない状態の不完全な機体。
でも、その機体の統括脳は生きていた。
ボクは興味本位でそのMMのオペレータールームに忍び込み、統括脳と会話していたんだ。
最初、その統括脳は聞いてきた。

〔ワタシニハナマエガアリマセン。アナタハシッテイマスカ?〕

当然だけど、ボクは知らなかった。
だから名前を付けてあげる事にした。
名前はハスターにした。とても怖いお話の中に出て来る神様の名前だったけど、その名前の響きが好きだったから。

〔アリガトウ。ソノオレイトシテ、アナタヲマスタートシテトウロクシマス〕

ボクはそれがとても嬉しかった。
誰もボクを必要としていなかったのに、このMMは認めてくれたから。

それから何回か会話した。
その度に統括脳は質問をしてきた。

〔ワタシノソンザイイギトハナンデショウカ?〕
「分からない。でも、きっと皆の役に立つ事だと思うよ」
〔ワタシハヘイキデス。ソレデモヤクニタツト?〕
「兵器でも、皆を幸せに出来るはずだよ」
〔リカイデキマセン。サツリクヘイキガミンナヲシアワセニデキルハズガアリマセン〕
「でも、ボクを作った大人の人はそう言ってた」
〔アナタトワタシハチガウ。ワタシハヘイキデ、アナタハニンゲンデス〕
「ボクも兵器として生まれたんだよ。出来損ないだけど・・・」
〔デキソコナイトハナンデショウ?〕
「・・・・・・」
〔シツレイ。キイテハダメダッタヨウデスネ〕

そんな会話が楽しくて。
今夜もそんなくだらない会話をしようと忍び込んだんだけど。
その日は何か変だったんだ。
こんな夜中に試験なんて無いはずなのに、すごい音が響いてた。
統括脳は〔セントウガオキテイル〕と言っていた。
ボクは怖くて。ただうずくまってた。
でも。
声が聞こえた気がしたんだ。



         誰か助けて

って。
統括脳が〔ジタイヲカクニンシニイキマショウ〕と告げた。
だから、気になって見に行った。

その音がする場所には、

右脚部が、
                  左腕が、           右肘が、            

無くなっているMMが横たわっていた。
漆黒のMMが、動けないMMの胸部に右腕を向けて。

ボクはこの”ハスター”と一緒に駆け出していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――



見下ろすケイオスが、砲口を突き付けている。

あぁ、私はここで死ぬのか。と、妙に納得していた自分がいる。
機体はもう、ただの鉄屑で。
戦う気力なんて、既になくなっていた。

でも。
悔しかった。涙が出た。

死にたくなかった。




―――――――――――――――――――――――――――――――




ハスターと名付けられた無銘の機体が駆ける。
漆黒の機体は反応が遅れた。
何とも。
何とも無様な体当たりだった。
それでも、漆黒の機体を、動けなくなった機体から引き剥がす事は出来た。
漆黒の機体から何か聞こえたような気がした。
起き上がった漆黒の機体は、その右腕をハスターに向けた。
撃たれる。

訳も分からず撃たれた。
初撃で右腕が。
次撃で左腕が無くなった。

それが怖くて。
ボクは必死にもがいた。
統括脳が、ハスターが何か言っていた。

〔                   〕

分からない。
怖い。
理解出来ない。
何故こんな事をしたんだろう。

死にたくない。




―――――――――――――――――――――――――――――――




ケイオスは出鱈目に撃った。
その砲の威力は十分で、乱入してきた機体は無様に壊れていった。

だが。

頭部に向けて撃った光条は、何かに『捻じ曲げられた』

見ればその機体の背部、そこから伸びる翼状のユニットが鈍く光を放っている。
機体の双眸が眼光鋭く、視線を向けている。

何が光条を捻じ曲げたのか理解できなかった。だが、ケイオスは尚も撃とうと試みる。

が。

無銘の機体の眼光が一層鋭く、強くなったと感じた時、『何か』が起こった。



ケイオスは、いきなり『上』から押さえつけられた。
景色が歪む。地面が悲鳴を上げ、不自然に陥没し始める。
漆黒の機体からミシミシと異音が聞こえ出す。大気が鉛のように重い。

それでも、何とか照準を合わせて、撃つ。

しかし。
無銘の機体を、その頭部を狙った筈だ。
それが何故。

”無銘の機体の足元”に穿たれる?

その間にも”押さえつける力”は増していく。
その力に、ケイオスのオペレーターの少年は気付いた。
『これは、”重力”か!?』

荒れ狂う”力”の渦中、ケイオスのオペレーターが見たのは、

鋭い眼光を放つ、
     ”ハスター”と名付けられた無銘の機体。

それが、まるで睨みつけるように双眸を向けていた。




一先ずここまでです。

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コメント 3

コウッちゃんw

これは小説ですか??驚…………0.0
オリジナルですか??すげー、メッチャすげー

でも長い文章だよね~~困るなwww

っちゅうか、ワタシもパスワードを決めた時分はメンドクサイ感じが生まれたよ!何度も試してのに、最終はやっと7位のパスワード決めた、、www
これからもよく絡んでくださいね。
by コウッちゃんw (2011-03-19 20:14) 

コウッちゃんw

ねえ、Niceあげたいけど、どうやってわかんないよ!
どこをクリックするほうがいいかなあって思っています、、汗………………

酔ったー -#
by コウッちゃんw (2011-03-19 20:27) 

シルヴィア

コメントありがとうです^^
小説モドキですよww

パスワード、So-netに登録した最初の頃に、パス忘れてログインできない事態に陥りましたよwww

私もまだ使い方が分からないですよ・・・(苦;;)
by シルヴィア (2011-03-20 13:13) 

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