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終わり、そして始まり。

これが最後の記事になると思います。
どうもシルヴィアです。

早いもので3月も終わりです。
そしてPLの実質閉鎖でもあります。

私がPLを始めたのは一昨年の10月中旬だったと記憶しています。
車が故障して暇ができ、そんな時、ソニックステージのSMSページに興味を持って暇潰しに、と始めたのがキッカケでした。

最初の頃は絡む相手もいなくて、他の方のブログを覘くのも億劫だったようなw

時間が進むにつれログ友も増え、色んな出会いもありケンカもありと、様々な思い出を頂きました。
思えば不思議なもので、飽き性な私が、こんなにも長い間ブログを続けてこれたのも、ログ友がいたからでしょう。
同い年、年下、年上。様々な人と共感したりされたり。
そんな人達がいるPLが大好きでした。

そんな毎日がいつまでも続くような錯覚を持っていたのかもしれません。
しかし。
遅かれ早かれ終わりは訪れるものです。
それがたまたま、このタイミングだったのでしょう。
PLのサービス終了と閉鎖は悲しい事ですが、その想いを原動力の一つとして次に生かしていきたいと思います。

長くなりましたが、
今までお付き合いくださったログ友の皆様、PLメンバーの皆様、今までありがとうございました。皆様方に頂いた思い出を、忘れる事はありません。

そして。
PL運営の方々。
今までお疲れ様でした。この魅力溢れるSMSに参加出来た事、嬉しく思います。

''みんな今までありがとう!''


PS:
たくさんの誕生日メッセージありがとうございました^^
この場を借りて感謝!

もう少し

もう少しで3月も終わりですね。
PLの実質閉鎖も目前です(しみじみ)。

難儀です [雑記]

仕事はあります。でも・・・


正直、バイトより稼げない状態!

です;;

無駄に連休多いです。この前なんて12連休でした。
そしておそらく今週は、水・木・金・土・日・月・火と休みになるんじゃないかと・・・(泣

三月分のお給料が・・・


給与明細いりません・・・w

ちょちょとよおお・・・?!?!????!

ぬがぁああ!
さっきまでマトモな記事書いてたのに・・・!

『このページは表示できません』だとぉ?!

泣きそうだったよパトラッ(ry
%%返してよあの30分!!%%

さすがはInternet Explorerッ!おそろしいこ!←意味不

こんなんで大丈夫なのか?!PL最後の日まであと少しだってのに・・・(苦;;)

意外な展開 [車関係]

ひとまず今日(日付変わったけど・・・)、愛車のメンテをしてきました。
と言うのも、走り屋の先輩(どっちかと言うと師匠?)が場所を貸してくれましたので^^

元々メンテはせなアカンなぁと思ってたんですが、19日の昼頃から異常が発生したのがキッカケでした。
その異常ってぇのが、アイドリングの不調、及び、信号待ちなどでクラッチを切るとストール(エンスト)しそうになるって内容です。

この時点で考えられる原因はいくつかあります。可能性の高いものから
1:エアフロセンサーの異常
2:AACバルブの動作不良
3:スパークプラグの失火(かぶり)
4:ダイレクトイグニッションの故障

※3、4は去年の年末に車検を通した際に点検・交換しているので可能性は低い。

真っ先に思い浮かんだ原因はエアフロでした。
症状と密接に関係がありそうなのは空燃比だったからです。それにエアフロが異常動作している時の症状と同じなので。

とりあえず先輩の家に行って納屋の一角を借りて作業を開始しました。メンテ内容は
1:エアフロの清掃
2:AACバルブの清掃
3:ついでにスロットルの清掃

まずバッテリーターミナルを外します(センサー等の電装系の故障予防)。
先に、一番疑わしいエアフロから。普通はエアフロセンサーは星型(中央にいじり防止のピンがあるタイプ)ネジで固定してありますが、私の車の場合は何故か普通のネジで留まってました。
それを緩めて取り外し、センサーユニットを外します。ここで落としたり熱線に触ると一発で壊れますw
地面に敷いたキッチンペーパーの上に置き、ちょっと遠目からエアフロセンサークリーナーで洗浄。ダバダバぶっかけますwwこれで洗浄終了。
クリーナーが乾くまで放置。(速乾性クリーナーですが、センサー内に残ってるとショートするので)

その間にAACバルブの洗浄準備を始めます。
まずはAACバルブに繋がってるカプラーを2つ外します。次にAACバルブをインマニに固定している3本のボルトを緩めていき、AACバルブを外します。(この際、ガスケットが酷く固着しているとガスケット交換が必要になります。私の場合は綺麗に外れたので再使用しました)
取り外したAACバルブの中にキャブクリーナーを惜しげもなくぶっかけていきます。
今回はそこまで酷く汚れてはいなかったんですが、それでも黒っぽい汚れがダラダラと出てきました。
一応ソノレイド部分も分解して、隙間からクリーナーをブシャー!とぶっかけて、洗浄終了。

AACバルブを外したついでにスロットルにもクリーナーをぶっかけて洗浄。
ちなみに。この洗浄した時に出て来る黒い汚れ。匂いを嗅ぐと・・・?

酷いなんてモンじゃない臭いがします。私は5分くらい鼻が利かなくなりましたw

ひとまず清掃メンテは終了、全てのパーツを組み付けてエンジン始動・・・したのですが。
キャブクリーナーが完全に抜ける(燃焼するまで)若干吹かしたのに、

ストールしそうになる。

は?(゜д ゜)なんでぞ???
リアルに言ってましたwww

ここで新たな可能性が浮上してきます。

:二次エアーの混入、及びエアー漏れ

それを発見すべくインタークーラーから伸びるパイピングを目視点検。特に異常なし。
次にエンジンを吹かして、漏れが無いか音を聴く・・・と?
微かに『プシュー』と音が。右側ヘッドライトの裏辺りから聞こえます。音の聴こえるトコロに手を差し込むと音がするタイミングと同時にエアーが漏れてました。
とりあえず該当箇所のパイピングを外す。そのパイプにはフレームに干渉する部分にシリコンマットを巻いてあるんですが、実はその巻き部分のトコロに穴が開いており、そこからエアーが漏れてました・・・って、

この車を買ってから二年弱、ずっと漏れてたって事かい!?

私はてっきりフレームとの干渉からパイプを守る為に巻いてあるモンだとばかり思ってたのです。
それがまさか穴塞ぎの為だったとは・・・(苦;;)

それはさて置き、十中八九原因はこの穴です。
なので補修していきます。まずアルミテープを三重に巻き、その上からゴムマットを巻き、タイラップで固定。
パイプを取り付けてバンドを締めて。

恐る恐るエンジン始動。
すると・・・?

最初こそアイドリングが不安定でしたが、吹かした直後にストールを起こす気配もありません。
5分ほどするとアイドリングも安定してきました。
ECUが理想空燃比になるように学習してきたようです。

その後、ひとまず暖気して試乗。
信号待ちでのストール寸前症状も無くなり、ブーストの掛かりも前よりレスポンスが上がりました。(上がったと言うよりも、これが本来のレスポンスなのでしょう。穴が開いていたワケですし。直す前のレスポンスが本来の85%程度だったのではないかと思います。)

その後、峠を走ってみるのですが、直す前よりもブーストの立ち上がりが格段に違います。
それにトルクもかなり上がってました。バックタービンの音もかなり大きい。(本来の姿ですね・・・w)
加速もかなり鋭くなり、今まで85%で扱い慣れてきた私にとっては、まさに暴君の如きレスポンスです。

これはこれで嬉しい誤算だったのですが、ブースト圧の再セッティングが必要ですね・・・。メンドクサイ・・・www

雨じゃねぇかぁ~~!!! [日記]

せっかくですよ、時間が有り余ってるんで、車の整備をしようと思ってたら・・・

雨が降ってるじゃねえかぁああ!!


電装系の関係もあるし強行するワケにもいかず。
仕方なくホームセンターで道具を買うだけに。

ちくしょうこの雨ヤロウ・・・

整理・・・?

というか、一先ずコピーしてました。
PLで書いてたモノ(機械仕掛けの神は踊る)をコピペしまくってました。

総文字数(改行、スペース含む):50,000文字以上、100,000文字未満でした←


あら。
意外と書いてたのね・・・w

まとめ・・・というかコピーそのニ(書き物途中) [書き物]

続きです



第十三話 『抱擁?』


「マスター、あの・・・、本当に・・・」
何やら間誤付いた調子で話すのはナーシャ。その先に来る言葉が何か分かっているレイは遮るように言う。
「良いんだ。そのつもりで街まで出掛けたんだから」
「あ、ありがとう・・・ございます。大事にします」
そう言ったナーシャの腕に抱かれているのは少し大きめの紙袋。その紙袋を大事そうに抱えながらレイの後ろを付いて行く。
時刻は午後2時をまわった頃、レイとナーシャは街からSWへと帰ってきた。



距離を取れば必然、銃が有利となる。しかし、銃での攻撃は『点』であり、その銃身の向きと、引き金に掛かる指の動きに注意していれば回避は容易な事。
そんな事、百も承知。ならばその弱点をカバーするには?
答えは単純。『点』の連打による連続攻撃。
晴はソレを実行した。

跳ね上げられるコート。その『中身』は、ホルスターに収まっているリボルバー拳銃。両手の拳銃も合わせてその数六挺。(来る!)茉里は呼吸を素早く吸い、留める。
晴はただの銃使いなどではない。ライフルで狙撃も出来るし、拳銃でピンヘッドショットも出来る。しかし、この男の得意分野は『早撃ち』だ。
(乱れ撃ち!)茉里は脚力の限り床を蹴った。

ホルスターに収まった拳銃は四挺、両手に一挺ずつ。弾数、合計36発。既に一発撃っているので残りは35発だ。(十分!)晴は両手に銃を持ったまま、更に二挺の拳銃を抜き放つ。宙に舞う拳銃。その滞空時間の数瞬の合間に、両手の二挺が弾丸を吐いた。

弾丸が襲い来る。必要最小限の身のこなしでかわす。狙いは甘いが、そのどれもが体に当たる軌道。(逆にかわし難いッ!)今までが正確”過ぎる”狙いだった分、大まかな狙いはかわし難いが、茉里の超人的な観察眼と動体視力が銃身と指の動きを辛うじて捉え、回避を現実の物とする。なおも弾丸は襲い来る。

(次!)6発と5発、撃ち終わった拳銃二挺を素早くホルスターに収めれば、重力に負け落ちてきた新しい二挺が腰の位置にある。その二挺を掴み、更に二挺を宙に放る。次銃装填。続けて撃つ。(んナロッ!逃げんな!)大味な狙いだが、この距離なら十分。連射。激しいガンスモークが煩わしい。

(いける!)その判断は一瞬。相手の視界が発砲煙で悪くなった時、茉里が一段と強く地を蹴り込む。その瞬間、茉里の身体が砲弾のように加速する。模擬刀の切っ先が地面に当たるが気にせず詰める。身体の左側に構えた模擬刀の柄を雑巾を絞るように握り締める。

煙で視界が悪い。そう思った瞬間に、茉里の姿が消えた。(いや、違う!)ガリガリと響く音から詰められている事を悟る。(――だが!)晴は『音』の方へと銃口を向け、二発を撃ち込んだ。

相手が違う場所へと銃口を向ける。自身には当たらない射線。無視する事を決めると、二発の発砲。(当たらない!)茉里はこのまま逆袈裟を叩き込めば良い。しかし、放たれた弾丸は―――

晴が放った銃弾が二発とも模擬刀の尖端、音を鳴らしていた切っ先部分へと命中する。弾丸が保持する運動エネルギーによって茉里の獲物は弾かれてしまった。打ち込みのタイミングが数瞬遅れる。しかし勢いは死んでいない。晴もそれは分かっていた事だった。ただ遅らせただけ。晴は放り投げていた二挺の拳銃をあっさりと諦めて左後方に飛び退いた。
「なかなかやるわね。銃使い」
そう言ったのは茉里。
「ヘヘッ。どうよ?刀使い」
そう返したのは晴だ。
「それにしても、今日はどうしたんさ?」
「何が?」
晴の問いに短く返す。
「いや、まぁ、何かいつもよか太刀筋が若干、荒いかなぁと思ってさ」
「そう?アンタにも太刀筋とか分かるの?」
「そらぁ分かるさ。今まで何度も痛い目見てきたかンね~」
「それじゃ・・・」
「おうよ」

『再開!』と言おうとした時に、入り口から声が掛かった。
「ケンカは・・・ダメ。です」

その声を聞いた茉里と晴は反射的に入り口を見て、そこに立っているレイとナーシャを確認した。



「あー・・・邪魔した・・・か?」
そう言うレイの後ろ、ナーシャがこれまた泣き出しそうな顔で2人を窺いながら、
「ケンカは、ダメ。・・・ですよ?」
その姿を見て、意外な反応を示した人物がいた。
「えぇ~?!何この子!可愛いぃ!!」
茉里だった。先程までの殺伐とした空気は何処へやら。晴の「オイオイ・・・(汗)」と呟いたのも聞こえないようだ。茉里の目が輝いている。茉里の声に少しばかり義骸を強張らせたナーシャだったが、続けるように聞く。
「お二人とも・・・ケンカ、してました」
「ケンカしてなんか無いよ?私達は、練習してたの」
猫撫で声で近付く茉里。それにどことなく警戒するナーシャ。
「ホント・・・ですか?」
「うん、ホントだよ?だから、怖がらないでコッチ来て?」
「ぅー・・・は、はい・・・」
トテトテと、恐る恐る前に出るナーシャ。
「うん!良い子だね~。可愛いなぁこの子」
前に出て来たナーシャを、茉里は思い切り抱きしめる。
「ぅきゅッ?!」
「可愛いなぁ。ヒメもこのくらい可愛いと良いんだけどなぁ」

満面の笑みを浮かべる茉里と、驚いて現状把握出来ていないナーシャの混乱した顔が対照的なシーンだった。


第十四話 『自身の価値』


レイとナーシャが向かっていた場所、それは格納庫だ。
向かう途中、茉里が帰ってきていると知らせを聞いて訓練室に顔を出したのだが、そこでナーシャは茉里から『手厚い』抱擁を受けたのだった。
今、隣を歩くナーシャの顔は心なしかゲッソリとしているように見える。
何やら話し掛けにくい雰囲気を醸しながら歩いて行けば数分で格納庫へと到着する。そこから更に奥の方に乗機『モルトヴィヴァーチェ』が待機姿勢で駐機されていた。
壁面から伸びる外部電源のケーブルがモルトに接続されている事から、今はPCで言う所の『スタンバイ』状態である事が窺える。
「モルトヴィヴァーチェ・・・」
そう呟いたのはナーシャ。じっとモルトの『顔』を見詰めている。
そうする事数分。ナーシャが訥々と話し出した。
「マスター、私はAIです」
まるで自分自身に言い聞かせるように。その言葉にまだ返答はしない。
「私はAIで、この子と一緒にマスターと在ります。でも―」
一呼吸の間を空けて。
「私達AIに、擬似人格を与える必要はあったのでしょうか・・・」
ナーシャは続ける。
「この子は兵器として生まれて、私はマスターをサポートする為に存在して・・・。そんな私に、こんな疑問を抱いてしまう人格は必要無かったのではないか?そんな事を・・・考えてしまいます」
レイはナーシャの話を、言いたい事を理解しながらも先を促す。
「それで?」
「このまま、私がこんな考えを持ったままでは、戦闘は出来ない筈です。だって、この子は兵器で、私はナビAI。それなら単純にサポートするだけの『機械』で良かったんじゃないかって。兵器には感情なんていらない筈ですから・・・」
ナーシャは自分の存在意義を吐露するかのように言った。
レイはその問いに、じっくりと数秒、思考の時間を取り返答する。
「それで?」
「マスター・・・?私は兵器の『一部品』なんです。マスターが私なんかに優しくしたり何処かへ連れて行く理由なんて―」
「そんな事を誰が決めたんだ?」
その言葉に、ナーシャは出掛かっていた言葉を言えずに。
「兵器とか、そんなのは関係無いんじゃないか?それを決めるのは、使う人間なんだ。それにな?こんな言葉がある」
ナーシャは黙ったまま。少しの間を空けて、
「『技術が進歩し、生み出されたロボットは人間に近付いていく。しかし、そのロボットを創り出す人間は、ロボットよりロボットらしくなっている』」
レイはナーシャの頭を撫でる。
「親父が好きな本のフレーズだ。”人間”らしくを求められたロボットは、着実に人間らしくなれた。でも、そのロボットを創り出す人間はな?生きる為に、ロボットのように働くんだ。どっちが『ロボット』か分からない、そんな皮肉でもあるな」
そんなレイを、疑問の視線で見詰めるナーシャに、レイは続けて言う。
「別に良いじゃないか。『それ』を人間が望んだんだ。それを望んだ人間に否定する権利は無いし、俺はそうする気も全く無い」
「それでは答えになりません・・・」
「あぁ、なってないな。答えじゃない。提案だ。ナーシャ、お前が決めれば良い。コイツが兵器か、それとも、助ける事が出来る機械か。それを見極める為にお前の人格があると思えば良い」
「私に決定権は・・・ないです・・・」
「ナーシャは少し前にあの2人にケンカはダメだと言ってたな?それは何故だ?」
「今の話と関係ないです・・・」
「2人に怪我して欲しくなかったからだろう?ナーシャ。それで良いんだ。お前が2人を心配したから止めた。勘違いだったのかもしれないが、その行為は立派だ。あの2人も責めてはいなかった」
「・・・・・・・・・」
「それにな、俺はただの雇われただけのテストオペレーターだ。戦闘をする道理が無いだろう?」
その言葉に、ナーシャは何を思っただろうか。兵器と共に生まれ、兵器を駆るその担い手は、その事を肯定した上で否定している。
矛盾している、と思う。しかし、そうであってほしいとも。
言葉にし難い問い掛けに、この優しいマスターに。
目に涙を浮かべながら、ナーシャは一言だけ、
「ハイ」
そう答えた。


第十五話 『電賊』


暗く狭い空間。そこに鉄の塊がある。否、それは全ての外装を外され、腕部・脚部を除装されたフレーム剥き出しのMMだ。
今、このMMは稼働状態を示すかのように頭部のデュアルアイが鋭い眼光を放っている。
「さて、場所が分かった。後は・・・」
そう呟いたのは酷く痩せこけ、身長の高い男。
「仕掛けるだけだな」
男は手元のモニターを一瞥し、これから行う事に思いを馳せた。
『マスター、割り出しが完了しました。セキュリティホールはかなり少ないですが、問題なく侵入出来ます』
その声の主はあの欠陥品の様相を呈したMMのナビAI。
「よし。なら始めよう」
そう言ってHMDをつけながら椅子に座った。

「はいは~い、今から取り付け作業やるよ~」
そう声を掛けてきたのは整備班主任。その後ろには大きなシートが掛かった荷物が搬送台車に載っている。
「取り付け?何を付けるんだ?」
疑問を投げかけたのはレイだ。その隣にはナーシャ。
「ん?ほら、モルトの専用兵装。これは代用品なんだけどね」
「もう出来たのか?・・・早いな」
それを聞いた主任は付け足す。
「いやいや、代用品だしね。本来のモノはまだ開発中だよ」
「代用品でも早いだろう?まだ二日しか経っていない」
「コレは構造自体が単純だし。それに技研の連中が面白がって徹夜で仕上げたらしいよ」
そう話しながらシートを取る。そこから姿を見せたのは変な形をした物体。
アームのような可動節があるフレームの先に、菱形に並んだ変換式反動型推進器が取り付けられている。折り畳まれたフレームと推進器を合わせた全長はモルトの上半身とほぼ同じくらい。
その横に取り付け基部が可動する構造の小型推進器もあった。こちらは前腕ほどの大きさ。
「これがウィングユニット。その横のが補助翼」
「ウィングユニット?」
レイが聞き返すと、隣のナーシャが説明した。
「機動力を増強する為の物ですね。モルトの設計思想は高速機動を基本概念にしていますから」
「でも本来の『ウィングユニット』とは違いますけど・・・」
そう小さく呟いた視線の先、取り付け作業が開始された。

『あゃぁ、またハッキングですかぁ』
メリルが電脳空間で発見したのは、防壁に弾かれていくいくつもの光の信号。
そのどれもがSWのメインコンピューターに侵入を試みたハッキングプログラムだ。
『普通のコンピューターじゃ無理なんですけどね~』
SWのメインコンピューター『ノア』は量子電導演算器で、それ自体が防御プログラムを持っている。仮に侵入出来ても、第二防壁『ミノタウロスの迷宮』で追い出されてしまう。これを突破したとしても第三防壁には『イフリートウォール』と呼ばれる攻性防壁が、アクセス・発信元を攻撃する仕様となっている。『ノア』は、不正なアクセス・プログラムは全て解析・記憶・蓄積され、同じ手法では絶対に侵入出来ない。
『私もちゃっちゃと仕事終わらせよう~』
メリルは『ノア』にセキュリティを任せて仕事に戻った。

「そっちは囮だ。誰も『パンドラの箱』を開けようなんて思っちゃいない」
『パンドラの箱』とは『ノア』の別名だ。その中には企業が欲しがる情報が掃いて捨てるほどあるだろう。しかし、今回の侵入はそれが目的ではない。
「そろそろ頃合だな」
『了解。『虫』を使って割り込みを仕掛けます』
それを聞いた男が『ヒヒッ』と不気味に笑いながら、
「内部破壊の始まりだ」
そう告げた。

異変は小さいモノだった。誰もが気付かないほど小さな、しかしそれが致命的とも言える。
この時、オーバーホール中のスサノオが、予備機である『ミラージュ』へアクセス、データリンクを開始した。整備していた作業員は、スサノオが使えない間の『応急処置』だろうと解釈し、作業を継続していた。
スサノオがデータリンクを開始する数分前、『ノア』への不正アクセス件数が一気に増加した。『ノア』は何の問題も無く処理し、しかし次の瞬間には三倍ものアクセスが集中。堂々巡りで二倍三倍と増えていくアクセス数を処理するうちに、通常では気付かないほど小さなセキュリティホールが発生していた。そのセキュリティホールは、『ノア』が間接的に管理していた『個別衛星回線』へと繋がるモノだった。

取り付け作業が始まって約15分。
「後はシステムスキャンして同調させるだけだね~」
主任がそう言って視線を向けた先、そこには新しい兵装を取り付けられたモルトがある。
MMの兵装換装は単純で、ウェポンゲートやウェポンベイに差し込むだけで良い。後はナビAIがエネルギーバイパスの接続やシステムの同調などを調整・確認するだけだ。
「今から始めますね」
ナーシャがそう言って目を閉じれば、モルトが静かな起動音を響かせ始める。
『眼』であるデュアルアイが、バイザーの中で一際強い眼光を放つ。

その時。SW内の全てのスピーカーから警報を知らせる声が告げられた。


十六話 『対応』


≪A-6・121回線経由、J8・36スペース断線。廻り込まれました。現在―≫
様々な文字情報が凄まじい速度で画面を奔っていく。
0と1、アルファベットと記号が羅列され、それが解らない者でも、何かが起きている事が分かる程の情報量。
≪A-8・32回線をバックアップ、攻性プログラムの効果36%、J1番からJ9番スペース占拠されました。全てのJエリア凍結実行、阻止されました≫
階層式に表示された電脳空間の、第一階層はその殆どが虫食い状態に赤色に染まっている。第二階層は所々に黄色のエリアが増えつつあり、何時緑色のエリアが赤色に変わってもおかしくない。そんな状況だった。
≪マスター。至急ナタラージャの電脳活性化を要求します。私の処理能力では歯が立ちません≫
画面に踊る文字が要求してくる。いつになく硬い文脈だが、その要求はメリルからだ。視覚エフェクトを情報処理に回している。それが事態の深刻さと、敵の凄さを物語る。
「ノアの防衛プログラムでは対応が難しいようですね。ナタラージャの演算処理能力でどれくらい稼げますか?」
画面を睨みながら、端末で話しかけるのは巽。
≪恐らくは4対6です。敵の目的はノアの内部情報ではなく、ここ、SWの中にあるようです≫
4対6。分が悪い。敵は巧みに『ノア』の防衛プログラムを避け、小さなセキュリティホールをバイパス・拡大して攻めてくる。
『ノア』が目的でない以上、ソレを”繋ぎ”として上手く侵入している。
「分かりました。ナタラージャの電脳を活性化、準備が出来次第、余剰機もリンクさせます」

警報が鳴る。殊更に五月蝿い音ではなく、地味な音と様々な箇所に設けられたランプが『黄色』に光る。
「黄色?電脳攻撃受けてるのか。コレだとウチらには出番無いよ」
特に焦る事もなく山口主任が言った。
「そうなのか?」
疑問を口にするレイに主任が答えようとした時、胸ポケットの中の端末から呼び出し音が鳴り出す。「あぁ、ちょっとごめんね~」と気のない言葉を残しながら呼び出しに応じる。その顔色はすぐに焦りをあらわにした。

≪敵の目標を予測。恐らくは2番格納庫の余剰機『ミラージュS型』だと思われます≫
端末を片手に、その文字を見た巽はきっかりと一秒で予測し、その先にあると思われる敵の目的を理解した。
(ココの内部破壊が目的か!?)
手にした端末に叫んだ。
「今すぐ稼働できるMMを2番格納庫のミラージュS型に向かわせて!」

膠着姿勢で駐機中のミラージュが、低い唸りを上げ、その双眸に光を走らせる。
『侵入成功。構成情報100%ダウンロード完了。全ての回線をシャットアウト、自閉モードで起動』
ミラージュS型が、駐機アームを軋ませながら起動した。

「ヒヒッ。念の為に電脳攻撃は続けておけ。もう気付いただろうが・・・、遅い」
薄暗く小汚い部屋の中で長身の男が笑う。
「ヒハハ。バカだよなぁ。ここまで遅い対応だとは思わなかった!」
男は一頻り笑った後、落ち着いた口調で一言告げた。
「――破壊しろ、ダリア」
『イエス、マスター』
ダリアと呼ばれたAIが冷たい声音で答えた。



「今動ける機体は?!」
焦り声で端末に話しかける主任。その様子は明らかに良くない状況が進行している事を物語っている。
『今動けるのはスナイプくらいです!スサノオは現在オーバーホール中!』
向こうの人物も事態の深刻さを理解しているようだ。その返答に矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「じゃぁスナイプをすぐさま起動!晴クンは今向かってると思うから、完全戦闘駐機!」
『武装はすぐには用意出来ませんよ?!』
「とにかく今は起動!起動!起動!」
そう告げると、主任は端末を乱暴にポケットにねじ込みながら走り出した。
残されたのはレイとナーシャ。2人は事態の深刻さは分かったものの、現状が理解出来ていない。どうしたら良いのか分からないレイを見ながらナーシャがメリルとの電脳通信を試みる。
「・・・・・・?!」
その異常さに気付く。メリルが対応で手一杯、しかもナタラージャまで使用している。そして、読み取った情報から敵の狙いが2番格納庫である事も理解した。
「どうした?ナーシャ」
様子がおかしいナーシャに、レイが声を掛ける。その声にナーシャは我に返りつつも事態をレイに告げる。
「敵がミラージュを奪取したようです。今スナイプが戦闘起動準備中です」
「大丈夫なのか?!」
その問いに、ナーシャは在りのままを告げる事にした。
「正直、スナイプは近接戦闘には向いていません。しかもミラージュはS型・・・格闘戦ベースの機体です。格納庫内での戦闘が予想される以上、スナイプには厳しいです・・・」
ナーシャの簡単な解説に、レイは考える素振りを見せる。
ナーシャは思う。今、マスターに出来る事は無く、私に出来る事も限られている。精々がナタラージャとのリンクを繋いで電脳攻撃の処理を手伝うくらいしか出来ない。そう思うナーシャに、レイが意外な事を言った。
「・・・なら、俺達がモルトで囮になれば・・・どうだ?」
その言葉はどういう意味か。一瞬理解出来なかったナーシャ。しかしすぐに聞き返す。
「それは危険です!第一、私達はまだ戦闘機動すら実行した事がありません!」
「だが・・・、メリルが言ってたじゃないか。感覚で動かせるって」
「でも!」
「ただ逃げ回る。それだけだ。攻撃はスナイプに任せて、俺達は逃げるだけ。それでも出来ないか?」
ナーシャは考える。それは可能か?・・・恐らくは可能。逃げるだけであれば特殊な戦闘機動はしなくて済む。しかし・・・
「・・・危険です・・・」
「モルトは高機動型・・・だったな?」
そう問われる。その問いの真意は分かっている。格闘戦ベースである以上、敵機は同じ高機動型。しかし違いもある。最初から高機動力を基本骨子に持つモルトは、そのコンセプト故に瞬発力と速度の”伸び”は比べられないだろう。
レイはその事を、整備士の勘で見抜いている。
「逃げ回るだけだ。出来る」
そう言いながらモルトに近寄り、ナーシャを見た。
無言のままのナーシャに、レイは告げた。
「行こう」

「おぃおぃ!マジかよ!?」
そう愚痴をこぼすのは晴。
「マジで武装無し?ってか、格闘戦じゃオレ、ただのサンドバッグと同じだってのに・・・」
その声に答えるのはスナイプのナビAI、レティだった。
『仕方ありませんよ、マスター。ちゃんと後で給弾したライフル持ってきてくれる手筈ですし』
乗り込みながらその声に返す。
「お前ねぇ・・・自機の格闘戦スペック、ちゃんと見たか?」
『知ってますよ。スナイプは中・遠距離砲撃型。機動力を捨てて、携行火器の大火力化・火器に対する汎用性を重視してますから』
その返答にため息を吐きながらハッチを閉める。周りの雑音は掻き消えて静かな駆動音が鳴り響く。
「それをな?飛んで火に入る夏の虫って云うんだ」
『それも已む無し、ですよ。ミッションですから』
既に準備を終えていたスナイプは、重い身体をのっそりと動かした。
向かう先は搬入口、巨大エレベーターリフトが在る一画。ココは1番格納庫、敵機がいるのは2番格納庫だ。格納庫の北側と西側の二箇所に各フロアを貫通するような形でエレベーターリフトが通っている。スナイプは重い足取りで北側のエレベーターリフトに乗り込む。リフトが起動し、スナイプを2番格納庫へと運んで行った。

『センサーに感有り。2字方向のリフトが稼動中、敵機と思われる』
駐機アームを引きちぎったミラージュは、稼働音を響かせるリフトの方向を走査する。
『高熱源体、MMと判定。機種、該当一件。スナイプ』
ミラージュS型の視線の先、リフトが降りてきて、スナイプが姿を見せた。
スナイプの姿を目視したミラージュは、スパッド(高エネルギー放出型の近接戦闘用武装。別名ビームサーベル)を抜き放つ。独特の大気を焼く音を響かせながら、
『敵機を排除します』
スナイプに向かって、ミラージュが疾走した。


十七話 『対応・2』


目的の2番格納庫に着くなりミラージュが向かってくる。手にしている武装はスパッド。それを確認した晴は悪条件だと思った。
(スパッドかよ。フレミングアーマー(絶対防御装甲)でも4割くらいしか減衰できねぇぞ・・・)
フレミングアーマーは、実体系(スパイドや砲弾など)に対してほぼ100%の防御能力を持つが、エネルギー系(プラズマやレーザー、メーザーなど)に関しては現時点ではその効力を減衰する事しか出来ない。理論上では無効化出来るが、その際に必要な消費エネルギーが膨大過ぎる為にMMサイズのリアクターでは困難である為、フレミングアーマーの唯一の弱点とも言える。
この戦闘は悪条件過ぎる。戦闘区域が室内である事・スナイプはほぼ武装解除状態である事・敵機がスナイプが苦手とする格闘戦タイプである事・こちらは施設の破壊を極力控えるが敵機は存分に破壊出来る点など、この時点での勝率など、計算するだけ無駄とも言える。
迫るミラージュはスパッドを構える。その構え方に、晴は疑問、と言うより既視感を覚える。構えは下段左。切っ先部分が地面すれすれの状態で体勢はかなり低い。
「おい・・・まさか」
スナイプは姿勢を低く構え、ミラージュの攻撃を交わす体勢を作る。
晴は敵機の構えを知っている。否、先程『手合わせ』した相手とほぼ同じだ。
ミラージュのスパッドの間合いにスナイプが入ると同時に斬撃が繰り出された。
下段左からの跳ね上げるような逆袈裟。それを紙一重で這うように回避する。
(あぁ!クソ!)
やはりそうだ。敵機は『スサノオ』と『茉里』の戦闘記録を持っている。
スナイプは二回、バックステップで距離を取った後、リア腰部装甲にマウントしてある近接戦闘用ナイフを逆手に右手で持った。
「勝ち目がねぇ。相手は白兵戦の鬼だぜ?!」
あの昼間の模擬戦でも、茉里は本気ではなかった。せいぜいが7割程度だったろう、と晴は改めて思う。その戦闘記録を持ったMMが相手なのだ。
スサノオでない分、その機動速度などは数段落ちるが、それでも十分以上の戦闘能力を持っている筈である。マガジンが抜けた銃でバルカン機銃に挑むのと大差ないくらいだ。
そんな状況で、ミラージュは尚も攻撃してくる。
右からの水平斬り、担ぎ構えからの打ち下ろし、正眼からの突き。それらを紙一重で交わし続ける。すると、ミラージュの攻撃に変化が現れた。
単発とも言える斬撃が連携攻撃になってきている。
「クッソ!もう『慣れ』やがった!!」
晴が悪態を吐いた時、西側のリフトが稼働していた。

≪モルトヴィヴァーチェ起動シークエンス実行。エレメントリアクター正常に稼働開始。各部位へのエネルギー供給問題なし。人工液体筋肉への電圧負荷値を最適値へ。各超電磁シリンダ異常なし≫
モルトに乗り込んだレイの視界に起動状況が投影され、その巨体が覚醒する。
レイは自身の右手を視界に映るように動かすイメージを思い浮かべる。
そのイメージと同じように、モルトの尖鋭的なデザインの右腕が投影される視界に映った。改めて右掌を握り込むイメージを浮かべると、瞬時に連動し、モルトの右掌が握り込まれる。タイムラグは体感出来るほども無い。
その事を確認すれば向かう先はエレベーターリフト。
昇降口に乗り、ナーシャに指示を出す。
「2番格納庫へ」
短い指示を、ナーシャは複雑な心境で実行する。リフトは指定された階へと動き始める。その先に、戦場が待っている。

『マスター、西側のリフトが下降しています』
レティが告げる。
「は?リフトが稼働してるって事は武装が送られて来たのか?」
晴の疑問を、レティは否定した。
『いえ。どうやらモルトヴィヴァーチェがこちらに向かっているようです』
その答えに、晴は一瞬思考が停止した。が、すぐに指示を出す。
「おい、今すぐモルトへ通信要請出せ」

『マスター、スナイプから通信要請です。繋げます』
その事を告げると、視界の端、通信アイコンが点灯し、音声が出力される。
『おい!レイだろ?!何やってる?!』
回線が繋がった途端、怒鳴り声が聞こえた。
「晴か。俺も手伝う。俺が囮になって武器調達までの時間を稼ぐから―」
『ダメだ!あのミラージュは、スサノオの戦闘記録を―』
レイは会話を切るように言った。
「それは無理だな・・・」
『どうしてだ?』
「もう到着した」
リフトが目的の階に着き、停止した。

『新たなMMを確認。該当・・・不明。新型と思われる。脅威となりうる為に標的に設定』
リフトから出て来た真新しいMMを、ミラージュは視認し、『敵』と仮定した。仮定とした理由は二つ。そのMMは見た所非武装である、そのMMはまだ敵対行動を取っていない事の二つだ。ダリアのマスターが送り込んだ応援かもしれないが、全ての通信を封鎖している為に確認が出来ず、尚且つ当初の作戦ではダリアが奪取したMM単機での行動となる筈だったからだ。
仮定は仮定でも、最初から敵である可能性を高く設定していれば、こちらに問題は殆ど無い。
改めて問題のMMを視認する。全体的に尖鋭的なデザイン。装甲は薄いようで、そこから導き出されるのはアレが高機動型だと思われる事。
『高機動型であれば厄介。破壊の優先順位を繰り上げ。先に不明機を破壊する』
スパッドを持ち直し、視線を不明機・モルトへと向ける。軽く姿勢を落とす。
すると、スナイプが立ち塞がるように間に入ってきた。
・・・不明機を敵対機と設定。
更に姿勢を落とす。その姿勢のまま、力強く地を蹴った。

ミラージュが戦闘機動を開始した。真っ直ぐにスナイプへと向かってくる。
「クッソ!分が悪い!」
晴が何度言ったか分からない愚痴をこぼす。今のスナイプに、モルトを守りながら戦闘をこなすほどの余裕などない。しかし守らなければモルトは撃墜されてしまう。
「・・・来い。腕一本くらいならくれてやる」
スナイプが構える。左腕を前に、右手に持ったナイフを胸部の前に。
ミラージュが迫る。スナイプが間合いに入り、地を蹴ってミラージュに左手を伸ばす。スパッドが振られ、スナイプの左腕を両断。次の瞬間、紫電を放ちながら落ちていく左腕の影に隠れて、ナイフを持った右腕がミラージュに迫った。
「もらった・・・!」

『敵機の行動解析、この行動は予測範囲内。予定通り』
ダリアは予測通りの行動を実行する。迫る敵機の右腕を、自機の左膝で迎撃する。自機の胴に迫っていたナイフの切っ先は、その寸での所で左膝に弾かれる。甲高い音と共にスナイプの右腕からナイフが離れた。

「なっ?!読まれてた?!」
放物線を描きながら飛んでいくナイフを尻目に、スナイプがミラージュを見る。敵機はその勢いのまま、モルトへと向かっている。
「まずい!レイ!来るぞ!!」

『敵機接近!戦闘を開始します!』
迫るミラージュを前に、モルトが構える。各機関にエネルギーが供給され、『ほぼ』全ての機能が活性化される。肩部と、背部に接続されたブースターノズルから陽炎が発生した。
『来ます!回避を!』
そう促されたレイは、とにかく逃げる事をイメージする。入力された操作に、モルトが忠実に再現する。が、その機動は―
「ぐぅっ?!」
各ブースターから大推力が放たれ、急激なGが襲いくる。あまりの急加速に危うくブラックアウトを引き起こしかけ、続いて激しい頭痛が襲ってきた。
「づぅ・・・っ!」
苦悶を漏らしながらも敵を見据える。敵はスパッドを空振りした姿勢でこちらを見ている。レイは襲ってくる頭痛を奥歯を噛み込む事で押さえ込み、確認する。
「ナー・・・シャ、この・・・ま、ま。引き、付けるぞ」
その声に不安を露にするナーシャが問いかける。
『マスター?!バイタルが危険値に達しようとしています!』
「構うな・・・この、まま、行くぞ・・・」
レイが見据える先、ミラージュが迫って来ている。


十八話 『片鱗』


ミラージュが迫る。尚もスパッドを構えてからの突進。
それを見据えて、モルトは回避行動を取る。
背部のブースターユニットから陽炎が漏れ、続いて推力が迸る。
爆発的な推力に背を押され、モルトが跳躍する。急激な加速Gがオペレーターを襲い、レイの頭痛がさらに酷くなる。
「この、調子・・・で、続けるぞ」
そう言った矢先、レイに激しい嘔吐感が迫る。恐らくは加速Gによる弊害だろう。しかしそれが致命傷となった。
嘔吐感に苛まれている間に、ミラージュが襲い来ていた。既に回避は間に合わない。迫る斬撃を間一髪で交わす。しかし、それを見透かしていたようにミラージュが蹴りを放つ。
「がぁ・・・!!?」
放たれた蹴りは胸部に直撃し、コクピットを衝撃が襲う。モルトは壁に激突して止まり、動かなくなる。
胸部の装甲は大きくひしゃげていて、蹴りの威力を物語る。幸い、複数枚で構成されたハッチが衝撃を分散したようだが、オペレーターには致命的だ。
「づぅ・・・!」
レイを襲っていた頭痛が酷くなる。意識が遠のく。
『マスター!しっかりしてください!マスター?!』
ナーシャの呼び掛けに、返事も出来ないレイの意識は、暗い奥底へと沈んでいった。

「ちっくしょう!やられた!おい、武器はまだか?!」
晴が叫ぶように回線に呼びかける。
『今持って行ってるよ!どうしたの?!』
通信相手から疑問が投げ掛けられる。その疑問に晴が簡潔に答えた。
「モルトがやられた!早くしないとスクラップになるぞ!」
『モルト!?どうしてモルトがそこに?!』
意外な返答だった。両者共に。
「指示したんじゃなかったのか?!」
そこに、介入してくる声があった。
『モルトがそこにいるんですか?!』
巽だ。状況を聞いていたのだろう。しかし、予想外な状況に戸惑いを隠せないでいる。
「・・・なら、レイのヤツは自分から来たって事か・・・」
晴はそう呟きながらスナイプを操縦する。ミラージュからモルトを離すには、敵対行動を取れば良い。マウントされたもう一つのナイフを取る。
果たして、ナイフで武装したスナイプにミラージュが反応した。

『バイタルが異常値を・・・?!一体何が・・・』
ナーシャが疑問に思う。バイタルデータで示されているのは、レイの脳の活動状況。その数値が異常なほど高い数値を示している。常人では有り得ない程の活性状況。それをモニターしていると、一気に正常値へと戻っていく。
意識を失っていたレイの口から言葉が出る。
「設定を【ハスター】に移行、”全ての機構”を発現せよ」
ナーシャはレイが目覚めたと思い、バイタルの脳波情報を見る。が、その脳波は、レイが『眠っている』事を示している。
『マ・・・スター?』
ナーシャが怪訝そうに尋ねるが、レイからの返事はない。そして、この時を境にモルトがナーシャの管理下から外れていた。
≪操縦者からの要請を実行。モード【ハスター・星間を飛翔する者】を実行します≫

依然ミラージュが有利。スナイプは辛うじて応戦しているが、いずれ破壊されるだろう。加えて左腕を喪失した事でバランスにバラつきがある。
「早く・・・早く武器持って来い・・・!」
交戦しているミラージュがふと動きを止め、モルトのいる壁際を見た。
注意深く視線を追うと、モルトが、立ち上がっている。
「何で立つ?!」
今立てば嬲り殺しにされるだけだ。敵機の優先順位ではモルトの方が優先される。ナーシャもそれは分かっているだろう。
「レイ!もう立つな!無理だ!」
その警告に、ナーシャから返事が来る。
『モルトが!私のコントロールを受け付けません!マスターもバイタル上では意識不明の筈なんです!』
その言葉とは裏腹に、モルトが立ち上がっている。
「どう言う事だ・・・?」

モルトが立ち上がった。次に変化があったのはモルトの装甲。全身の装甲がスライドしていく。その装甲の隙間から、スラスターのマズルがせり出してくる。
様々な箇所からマズルがせり出したその姿は、どこか薄ら寒い雰囲気がある。
モルトにミラージュが接近していく。破壊の優先順位は変わらない。先に高機動型を仕留める為にミラージュがスパッドを構える。
『凶つ疾風(まがつかぜ)と成る』
モルトの外部スピーカーから、レイの声が聞こえた。

ミラージュが構えを取った時、地を蹴ろうとした時。モルトの周りには陽炎が立ち昇っていた。ダリアは怪訝に思いながらも敵を見据えていた。が、次の瞬間に起きたのはミラージュが地を蹴る音ではなく、爆音が鳴り響いた。
その爆音と共にモルトの姿をロストする。一体何があったのか思考するより早くミラージュの左側の壁から破砕音が響く。その音の方向を辿るように視線を動かす途中、今度は背後から地面を削る音が聞こえた。
反応が遅れたミラージュに、破砕音付きの衝撃が襲ってきた。

「なんだ・・・?なんだ今のは?!」
晴は自分の眼を疑った。
モルトが消え、一瞬だけ壁を蹴る姿が見えたと思えば次の瞬間にはミラージュの背後に『着地』していた。その姿勢から、目にも止まらぬ速さで回し蹴りを放った。その足先は視認出来る速度を遥かに超えていて、白い水蒸気が漂っている。蹴りをまともに喰らったミラージュが、モルトの時とは比にならない勢いと速度で壁まで『吹き飛んだ』。
壁に激突したミラージュの左腕。瞬時にガードしようとしたのだろう。その左腕はメインフレームごと粉々に『破壊』され、ケーブルや人工筋チューブで辛うじてぶら下がっている。壁に直撃した右背部は装甲が砕け、人工液体筋肉がチューブから漏れ出ている。最早右腕さえもまともに動かせないだろう。
それでも。ミラージュが立ち上がる。もう勝ち目など無いのに。
『・・・止め』
モルトからそんな言葉が聞こえ、姿勢を低く構える。背部のウィングユニットが持ち上がり、その先のブースターが陽炎を宿す。それと連動するように、モルトの全身から、全身のマズルから陽炎が吹き出した。次の瞬間に爆音が鳴り響き、姿が消える。
その瞬間に、壁際に立っていたミラージュが前に駆け出そうとするが、凄まじい速度で迫るモルトに再び壁に叩きつけられる。響く破砕音。風に広がる埃とオイルの匂い。奔る紫電。
ミラージュはモルトの左腕で頭部を押さえられている。そのまま壁に穿つかのように。
『破壊』
モルトの外部スピーカーから声が聞こえる。その直後、右腕を構える。ミラージュが抵抗を見せるがそれも意に介さない。
腕の様々な箇所から姿を見せているマズルからは陽炎。モルトが中段の正拳突きを放つ直前にマズルから大推力が吐き出され、右腕が超加速と共に、ミラージュの胸部に突き刺さった。
モルトが突き刺した右手を引き抜くと、幾本ものケーブルと、機械の残骸を掌に握っていた。それらを引き抜かれたミラージュはそのまま機能停止した。


十九話 『記憶』


真っ白い壁。清潔なシーツが敷かれたベッド。何かの機械類。
そこは病室のような部屋。
此処は一体何処だろうか?そう思う。
誰もいない部屋、誰も横になる者がいないベッド、何に使うのか分からない器械。
(・・・此処は、俺がいた部屋だ・・・)
確証などない。しかし断定出来る。
その空間の扉が自動で開き、一人の少女が入ってくる。
「おはよう、――――くん」
何故か名前と思しき言葉が聞き取れない。
「ん・・・おはよう。――――」
少年の声が挨拶を返す。声からして歳は十歳そこそこだろう。そしてまた、名前と思しき言葉だけが聞き取れない。
(―これは・・・俺の記憶・・・?)
『9号実験体、これから『実験』がある。準備しろ』
部屋に響く個人回線。それを聞いた少女は、酷く複雑な表情で少年の顔を見ている。
「・・・今日も、『実験』やるんだね・・・」
その弱々しい言葉を聞いた少年は、少々疲れ気味な顔付きで返答する。
「仕方ないよ。その為に『生かされてる』んだから・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・それじゃ、行ってくる、ね」
そう言って部屋を出て行く少年の口から、誰にも聞こえない程の小さな声が漏れ出す。
「・・・君には『実験』がないように、ボクががんばるから・・・」

それが、少年と少女が交わした最後の会話となった。

≪報告書:被験体9号、『実験』途中に精神汚染を感知。『実験』の継続が不可能となる。機関は9号の『実験』で得られたデータをベースに、新しい『実験』プランを提案。新プランを該当10号から実施する事となった。
被験体9号はサンプルとして凍結保存される事が決定された。≫


二十話 『力の片鱗・過去の遺産』


「いつまで寝てるんだろうねぇ?コイツは・・・」
そう呟いたのはメディカルルームの主、王(ワン)医師だ。
ベッドに横になって静かに呼吸を繰り返しているのはレイ。
「全く・・・、目の前にいても信じられないよ。『あの機動』で身体のどこにも異常が無いってのは・・・」
あの電賊事件から三日が経ち、SW内もようやく落ち着きを取り戻し、復旧作業とMMの修理が進められている。

モルトが圧倒的な力でミラージュを『破壊』し、事件は一応の終わりを迎え、残ったミラージュの残骸から原因究明を進めている。
それから分かった事は、スサノオを経由してミラージュがシステムを掌握され、スサノオから『正規な手法』で戦闘データ、及び登録オペレーターのスサノオでの戦闘記録をコピーし、これを以って擬似操縦者を形成。予め侵入していたと推測される敵性の人工知能により破壊行為が行われたと推測されている。
侵入に用いられた衛星回線は、スサノオに付着していたセボット(センチメートルサイズのロボット。数ミリサイズの場合でもセボットと呼ばれる。それ以下の物はマイクロマシン・ナノマシンと呼ばれる)を経由した事が判明している。その衛星回線も秘匿性を重視された使い捨ての回線である可能性が高い為、一応の調査は行うものの、そこから犯人が割り出される可能性は極めて少ないとメリルは語っている。



「今回の件で分かったように、SWの電脳警備システムを強化する必要があります。それまでは通常より『控えめ』な活動となるでしょう」
あまり使われる事の無い簡易ブリーフィングルームに巽の声が響く。
「「・・・・・・」」
その場に集まった数人は口を開く素振りも無い。
その後も淡々と事務的な内容を紡いでいく巽。
「―といったところです。その後に関しては―」
「・・・なぁ、『アレ』は何だったんだ?」
話の流れを断ち切ったのは晴だった。その疑問自体があやふやだったが、此処にいる者達にはそれが何を意味するのかは知れていた。
「ありゃぁ何だ?あの時のモルトの機動速度は。有り得ねぇ・・・」
大分落ち着いた感はあったものの、モルトの事に関しては未だに混乱する所が多い。それはここにいる皆が同じだった。
「巽、説明してくれ。お前なら知ってるんだろう?」
その問いに、巽は暫しの沈黙で答えた。
たっぷり二分。二分の沈黙の後に、巽は重い口を開き、訥々と話し出した。
「・・・モルトは、最後に設計された神機・・・です」
そう言うと、巽の目付きが変わる。
「今から話す事は、世界でも数人しか知り得ない事です」
「この事を話す事で、皆さんを私の私怨に、更に巻き込む結果になるかもしれません。それでも―」
「―それでも、聞きますか?」
沈黙は肯定である。皆は沈黙で答えた。



過去にあった話をしよう。そう、記憶を語ろう。

十数年前、科学技術が狂気じみて発展していく時代。その時代に開発されていくMMは加速度的に性能の向上を向かえ、しかし一つの問題が露呈していた。
優秀な『ハードウェア』に『ソフトウェア』が対応しきれなかった。
言い換えれば、MMの性能を、オペレーターが扱いきれない状態が多くなった。熟練のエースオペレーターでさえ持余すMMの性能を、どうすれば解消出来るかが問題視された。
それを解消する計画が立案されるのに、左程時間を要する事もなく。

『ハードにソフトが追い着けないのなら、根本的にソフトを作り変えれば良い。』

その計画は≪ムーン・チルドレン計画≫と呼ばれた。
内容は、人工的にオペレーター適正の高い人間を創り出す事。
平行して進められていた≪神機≫計画の専属オペレーターとしても期待された計画だった。故にこの二つの計画は自然に密接な関係性を持ち、最終的には合同計画となる。
オペレーターを創造するに当たって、使用された技術は正に狂気じみていた。
遺伝子改造・臓器強化・脳内のシナプスネットワークの増強など、『使い道』さえ間違わなければ人類にとって多大な恩恵をもたらす技術だった。
しかし、これが人の業なのか。
計画を遂行する研究者達にとって、『有用な技術』は『有効な手段』に成り代わる。
その計画には道徳心など無く、あるのは『目的の達成』のみだ。
しかし、着実に効果を挙げる本計画は支持され続けた。たとえ人道的に間違っていても。
本計画中に『創造』された子供は9人。『創造』過程で『廃棄』された子供はその十倍以上と言われる。残った子供も、その殆どは死んだとされている。それを知る人間も、片手の指で事足りる程度の人数しかいないが。


二十一話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅱ』


≪ムーン・チルドレン計画≫
この計画は、立案から約7年間続いた。
その終わり方は原因不明の爆発事故だったと語られる。

この計画の一部を、とある少女の視点から語ろう、そう。記憶を語ろう。

少女が一番最初に見た光景は、ガラス越しに見える人間だった。うまくピントが合わないカメラで観たような、曖昧な映像を今でも憶えている。
それからどのくらいの時間が過ぎたのか分からないが、少女が二度目の目覚めを迎えた。その時の事は良く憶えている。いや、憶えていないほうがおかしい。
自分より年上に見える女の子に抱きしめられたからだ。
女の子は何故か嬉しそうな笑顔で少女を抱きしめ、抱きしめられている少女は何が起きているのかさっぱり解らないと言った表情だった。
その時、女の子が口にしていた言葉が印象的だったのを憶えている。

『ありがとう』と言っていた。

それから約三日間。様々な調整や基本学習で過ごした。忙殺されていたと言ってもいい。
睡眠時間は平均で4時間ほどしかなかったが、不思議と少女に疲れなどは無く。基礎過程を終えてから一日目の午後、あの時の女の子と再会する。
再会などと言える程の事でもないが、その時の、少女を見つけた女の子のリアクションが、何年も会ってなかった友人に出会った時のそれと同じくらい大げさだったから。
駆け寄り手をとりながら、嬉しそうな満面の笑みを浮かべ。無邪気に笑っていた。
「久しぶりっ!」
女の子はそう言った。たかが数日しか経っていないのに、何が久しぶりなのだろうか?少女はそう思った。
「・・・あなたと出会ってから、まだそんなに経っていません」
そう返された女の子は、少しばかり驚きの表情を見せ、すぐにまた笑顔に戻りながら、
「そんな事ないよ!あなたは私の『妹』なんだから!」
そんな事を言った。
その言葉の意味が、今なら理解出来る。しかしこの時の少女は理解出来なかった。
「あなたと、遺伝子的な共通点はあるかもしれませんが、血縁関係にあるわけではないでしょう?」
その言葉に女の子は、頬を膨らませて不機嫌を顔に出す。なんとも喜怒哀楽が、表情が豊かな女の子だ。
「ダメだよ、そんな事言ったら。・・・そうだ、名前!私の名前教えてなかったね」
目まぐるしく変わる表情を、半ば観察していた少女。しかし、『名前』という単語にどう反応していいか分からずにいた。
(私には『名前』が無い・・・)
そんな哀しい事を、哀しいとも思わずに考えていると、
「わたしの名前はね・・・」

「メリルっていうの!よろしくね」

女の子は笑いながら名前を告げた。



それから数日間、少女は女の子と共に過ごす時間が増え、女の子から『名前』をつけてもらった。
「ん~・・・、あなたの名前はねぇ・・・」
「名前・・・」
「ポチ!って、ふにゃああぁぁあぁあ!」
少女に無表情で頬をグィ~と引っ張られ、変な悲鳴をあげる女の子。
「それは、ニッポンでの犬の代表的な名前でしょう?」
少しだけ怒気のこもった声。
「・・・うぅ~。冗談なのに~」
「真面目に考えてください」
少々呆れ気味な声で少女は言った。
「じゃあね・・・、ん~・・・」
「・・・・・・」
少女は真剣な面持ちで女の子、メリルを見る。
「・・・ラキシス!ラキシスって良くない?」
その『名前』を少女は知識では知らなかった。
「ラキシスとは、どんな意味があるのですか?」
「それは、秘密だよ」
女の子、メリルは意地悪っぽく、しかし愛嬌のある表情で含み笑いをして教えなかった。
その名前に、メリルの『願い』が込められている事を知ったのはかなり先の話。それは後に語られよう。

それからもメリルと共に過ごし、一月程が経った。その頃には二人は仲が良い姉妹のようだった。ラキシスが姉でメリルは妹のような、立場は逆にしか見えなかったが。
ラキシスの名をもらった少女は、この時が一番幸せだったかもしれないとも思う。何一つ疑わず、外界を知らず。自分達がどんな”存在”なのか、自分という存在がどう思われるかも知らなかったこの時が、一番幸せだったのではないか、と。
しかし転機は訪れる。予兆も無く。

全てはソレから崩れていった。些細な、しかし、大きな崩壊を孕んで。


二十二話  『過去』


「一旦、休憩をはさみましょう。」
巽はそう言いながら水を一口、口に含んだ。決して冷たい訳ではない。長い事室温に晒されたペットボトルの水は温い。
しかし。
自分の中に渦巻く何とも言えない感情を沈静化する事が目的だ。それが温くても構わない。
「あぁ、そうだな・・・。」
そう短く言ってミーティングルームを出て行ったのは晴だった。

廊下の隅、この御時世では人口がすっかり少なくなってしまった喫煙室。一応、申し訳程度のスペースが設置してある。
青い紙製の箱を懐から取り出し、その中から一本を手に取る。そのまま口へ。
右手に持ったジッポの蓋部分を親指で弾けば『カキンッ』と金属音が室内に響き渡る。ホイールを回し火を灯す。
「・・・・・・・・・」
暫し灯る火を眺めながら何かを考える。咥えた煙草に火をつけ、一口目の煙を肺から外へ吐きながら、晴は呟いた。
「理由なら・・・、オレにだってある・・・。」
灯る火を眺めながら思い出す。あれから既に4年。壁に背を預けながら紫煙を燻らせる。

あぁ、煙草が、不味い。



4年前。晴がまだ大学院生だった頃にまで遡る。
その頃はまだ、晴は至って普通の人間だった。
少し違ったのは育った環境。親は少しは名の知れた会社の社長で、自分はその跡継ぎだった。
それまでは順風満帆な人生だったと言える。
しかし晴は大学内で出会う事となる。
燐(リン)と出会い、それまで『跡継ぎ』であった彼は、彼女との出会いで人生が変わった。そう、”変わり果てた”。
彼女と出会い、交際をするようになり一年が経った。
晴は、かねてより彼女が行きたがっていた海外への旅行を思いついた。一年目の記念。プレゼントとしては中々良いと思ったのだ。
その為に慣れないアルバイトをして貯金した。その甲斐有って、彼女はとても喜んでくれた。

旅行の滞在最終日。綺麗に清掃と手入れがされた広場で仲睦まじく過ごす。
この時、晴はある告白を考えていた。それは幸せの絶頂期に抱く想いであり、共に居たいと願えば、自然と辿り着く答えだった。
『結婚しよう。』
その一言を中々に言い出せない。無論、彼女がそれを受け入れてくれる確約は無かったが、それ以上に言わなければ分からない事だ。
そんな事を考える晴を嗜めるように風が吹き、彼女の帽子が飛ばされてしまった。彼女がそれを追いかける。
(よし。彼女が戻ってきたら、言おう。)そう決意した。
帽子を手に戻ってくる彼女を視界に納め、『聞いて欲しい事があるんだ。』そう言いかけた時だった。緊張を押し隠しながら、精一杯の笑顔を浮かべる晴の目の前。たった二メートルの距離。其処にいた筈の彼女が、



見えない『何か』に、






潰されていった。





分からなかった。聞こえなかった。見えるのに『視えなかった』。何が起きているのか理解出来なかった。

目の前で恋人が潰れていった。

骨が砕ける音が、肉が挽かれる音が、『何か』が弾けるような音が、漏れ出る呼気が、彼女の投げかける視線が、優しい印象の声が、風にたなびく長い髪が、



手が届きそうな、そんな距離で、『踏み潰された』。

(?何?分からない。何が起きている?燐はドコ?彼女ハ風ニトバサレタボウシヲオイカケテ、モドッテキテイタノニ。ナンデイナイ?ダイジナ、ソウ。ダイジナコトヲイオウトオモッテイタノニ。ドコカニイッテシマウナンテヒドイナァ・・・)

感情が、頭の中で言葉を紡ぐ。
しかし、理性が。
目の前の現実を受け入れろとばかりに攻め立てる。

(目の前に広がる”赤い”のは?この鼻を突く”匂い”は?中途半端に交じり合った”塊”は?先ほどまで彼女は”何処に居た”?そこの、無残に千切れた”帽子”は?)

(状況を見ろ。”ソレ”は誰だ?考えたら分かるだろう?)
≪ダマレ・・・≫
(オレだって馬鹿じゃない。)
≪チガウ・・・≫

(そこに、潰された”残骸”が、)

≪マチガッテル・・・!≫

(――――――  燐 だ。)

「・・・――――――ァァァあアぁあアああ・・・!」

声にならない声。叫びなど上げられる筈もない。
「ッ!?うぐゥッ?!」
次に襲ってきたのは吐き気だ。正常な生理現象。それさえも鬱陶しく、そして、腹が立った。吐き気を必死になって抑えていると、そこに『何か』が姿を現す。

闇のような漆黒の、混沌の色。ソレからは音声も付いてきた。

≪全く、邪魔じゃないか。踏んでしまったよ。ボクの『ケイオス』が汚れてしまったじゃないか。≫

”邪魔じゃないか。”

それだけで十分だった。まるでゴミを踏んでしまったかのような言葉。
ソレにとって、燐は”それだけの価値”しかなかったと理解し、理解した瞬間に、晴の感情を覆い尽くすモノがあった。
どす黒く、ドロドロと絡みつくような、しかしそうする事でしか『今の自分』を支えられない感情。

殺意などでは足りない。只の憎しみでは意味が無い。嫌悪では蚊程の衝撃も無い。悲しみでは何も役に立たない。恐怖など抱ける筈も無い。

『憎悪』だった。
ソレの全てを、存在自体を。『憎悪』する事でしか自分を保てなかった。

ソレを見る。見れば見る程に、胃の底を覆い尽くすかのようなドロリとしたモノが溢れ出す。その視線に気付いたソレは、大気を震わせ言葉を紡いだ。

≪・・・その【眼】、嫌いだね。その眼は”アイツ”を思い出すよ。≫
(そんな事は知らない・・・)
≪―――だから、≫
(―貴様の意思など関係無い)

≪ 、死んでよ。≫
その言葉と同じタイミングで腕が向けられた。その先には破壊の力が宿っている。
間髪入れずに引き金が絞られ、己の拳程の物体が跳んで来る。
周りのレンガ造りの床面が暴れ、皮膚を裂き、体の至る所が嬲られる。ゆっくり殺すつもりらしい。わざと外されている。―それでも。

(――オレはオマエを”否定”する!存在をッ!何もかもをッ!その”意味”でさえもッッ!!)

声にならない声でそう言った。
そして頭に衝撃が走り、意識が飛んだ。



「・・・・・・」

思い出すまでも無く、今体験してきたかのような心境で手元の煙草を口にする。
が、吸っても煙草からは紫煙が来ない。
ふと見れば既にフィルターまで燃えていた。灰は足元に。

「・・・ハハッ」
晴は自重気味に短く笑い、焦げたフィルターを灰皿に捨てる。

「・・・戻るか・・・」
喫煙室の扉を空け退室する。雰囲気は落ち着いている。しかし、

その眼は”あの時”と同じだった。


二十三話『力の片鱗・過去の遺産 Ⅲ 』  


それぞれがまばらに戻ってくる。
最初から席順など決まっていなかったが、皆が皆元の席へと着く。

誰も物言わぬ空間。静かな一室。

「それでは・・・、続けましょうか」

口を開いたのは巽だった。辺りは沈黙、されど訥々と言葉を紡いでいく。





少女が名前を貰い、”普通”ではない普通な日常を過ごして二ヶ月程の時間が過ぎた。
「そろそろよね!?」
はて?何がだろう?と思うより先に、(何故この人はこんなに盛り上がっているんだろう?)と思っていた。
「なぁにその顔?もうすぐあなたの”弟”が生まれるじゃない!」
そう言ったのはメリルだ。ここ最近、生活を共に(半強制的)して分かったのは、彼女はこの施設の子供を”家族”として捉えている事だった。
しかし少女には”家族”というモノが概念や想念的にしか認識していなかった為に彼女のように喜ぶ事はしなかった。
「・・・前にも言ったのですが、別に血縁関係にある訳では無いので。私はあなたのように喜べません」
その言葉を聞いたメリルは、ハァ、と溜息を吐きながら少女の顔を『むんずッ!』と両手で掴んで、
「それはダメ!ラキシスはそんなだからダメなんだよ!」
そんな事を眼と鼻の先で言われた。
「いひゃいれふ、はなひてふらはい(痛いです、離して下さい)」
じっと見詰めるメリルに辛うじてそう言うと、顔を掴んでいた両手はあっさりと離れていった。
「ダメだよそんなんじゃ。結婚とかできなくなっちゃうんだから」
冗談めかして言うその顔を見て、少女はある事に気付いた。
(顔色が・・・悪い?)
そう思った時には、既に手が動いていた。ぺたぺたとメリルの顔を触る。
すべすべしていたはずの頬が心なしか荒れているように思え、体温も若干高い気がする。
「なんだよぅ。くすぐったい~」
笑いながら言う顔。少女は一時的なものだと判断した。
「・・・体調が良くないように思えたので」
それを聞いたメリルは、

酷く怯えたような、不安そうな顔を、

一瞬だけ見せたような気がした。
「う、うん。ちょっとだけ気分が悪いのはホントだけど。気にしないで良いから」



その後、三日後に”弟”が生まれる事を聞き、メリルははしゃいでいた。
無邪気に。



”弟”が生まれる当日、ラキシスと名付けられた少女とメリルは『野菜畑』と呼ばれる一室の前にいた。
「もうすぐだよ~。楽しみだね」
そう言葉にするメリルの傍ら、少女は複雑な顔でリノリウムの床面の一点を見詰めている。
「・・・どうしたの?」
そう問われるが、少女は沈黙したまま固まったように動かない。

(・・・・・・良く分からない・・・)

沈黙を続ける少女は自分でも分からない”感情”に戸惑っていた。

(何か・・・、私の知らない”何か”が・・・)

(”ソレ”は・・・、危険・・・?)



何故そう感じたのか、それさえも分からない。分からないから答えを見出そうと黙考する。
そんな堂々巡りを繰り返していると、傍らの少女、メリルが大声を上げた。
その声に驚いた少女はふと我に返る。
「・・・・・・え?」
間抜けな声を上げる少女に、メリルは興奮冷めやらぬ声で言葉を続けた。
「なに?もう・・・生まれたんだよ?!”弟”が生まれたの!」
「え・・・あ、・・・そう、ですか・・・」
「うわぁ、リアクション薄いなぁ。ねぇ、そんな事より!中に入って見せてもらおうよ!」
そう言うや否や、ろくに許可も得ずに室内に入っていくメリルに少女はついて行く。
そこには自分が生まれた瞬間に見た光景が広がっていて。
その中央には”弟”が居た。
その”弟”を見た瞬間、少女は、

「――――ッ!?」

言い知れぬ感情の正体を、直感で理解した。
(―――怖い―――)
ソレは『恐怖』だった。ソレの眼を見た瞬間に、心臓が凍りついたようだった。
その瞳は生命を宿してなどいなかった。
その奥底には、推し量れない程の『悪』が感じられた。
少なくとも、その時、少女にはそう思えた。

「わぁ~、美形だね!」
隣に居たメリルの言葉で正気に戻った少女はしどろもどろに返事をする。
「え、えぇ。・・・そうですね・・・」
そう言いながら改めて”弟”を見る。
見るがあの感情は襲ってくる事はなく。
(・・・何故、あんな事を思ったのかな・・・?)

少女は奇妙な感覚を誤魔化した。


二十四話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅳ 』


『急げ!シナプスの異常活性化進んでるぞ!』
『沈静剤効果ありません!』
『被験者の脳内には薬物反応ありません』
『神経系の所為かもしれん。もう一度スキャンしろ』

「どうして・・・こうなったの・・・?」
少女が見遣る先、分厚いガラスの向こうの真っ白な空間のベッドの上。
其処にメリルが横たわっている。
頭や胸など、様々な箇所に電極を取り付けられ、腕からは何本ものカテーテルが伸びている。
メディカルルームの中では白衣の人達が忙しなく動き回っていた。



三時間前。
そう。あの時まで、彼女は、メリルは元気だった。
少なくとも、少女の目にはそう『見えた』。



『私にはね、夢があるんだよ』
メリルは宣言するように言った。
『・・・・・・夢?』
それを聞いた少女は少し間を空けて聞き返す。
『そう!夢!』
嬉しそうに繰り返す。
『―――それは、どんな夢なんですか?』
その問いに、彼女は微笑を重ねながら、

『――――――それはね・・・』



頬を伝う感触と、胸を押し潰すような感覚に目が覚める。
頬を拭う。手指に付いていたのは液体だった。

「・・・私は、泣いていたの?」
涙。
今まで一度たりとも見た事も無ければ、見せた事も無い感情表現。
先程の夢を思い出す。
少女の夢の中で、彼女が言っていた『夢』はどんなモノだったのだろう?
結局は聞けず、また、その彼女も最早いない。
メディカルルームでの『治療』も効果は無く、そのまま苦しんだ様子も無く死んでいった。

その事を思い出した少女の視界が不意に滲んでいく。
頬を伝い、シーツに無数の染みを作りながら。
(・・・もっと、話していたかった)
不思議にもそう思った。
(いつも一緒に居て、ちょっとうるさかったけど、嫌じゃなかった)
(いつも私を連れ回して。何回も怒られたりしたけど―――)
溢れ出す感情を、どうすれば良いかも分からない。
「・・・うぅ、ひっ・・・」
気が付けば、声が漏れていた。
(―――そうか。これが『悲しい』って事なんだ・・・)
(彼女が居なくなって、一晩を過ごして初めて気が付くなんて・・・)

「―――――。」
少女が泣いている背後で、何かが動いた。
「ッ!?」
それに気付いた少女が振り向こうとした刹那、何者かに襲われた。
「ッ!くっ!?」
頭が混乱する。今、何が起こっているのか分からない。何故襲われているのか分からない。
相手の、首を掴む手指の力が少しづつ強くなっていく。
「カフッ・・・」
抵抗する少女の視界に、少年の姿が映った。
「!!?」
「驚いた?ボクが襲ってきたから」
少女が思っていた事を、少年は口にした。そのまま次の言葉を紡ぐ。
「ははっ。アイツも驚いていたよ」
「メリルっていったっけ?抵抗してきたんだ。精神をグチャグチャにしてやったら呆気なく『壊れた』けどね」
「!!?」
「ボクの『目的』の為には邪魔だったからさ。アイツは不要だったんだ」
それを聞いた少女は、絞められる首の苦しみに苛まれながらも問うた。
「ッ・・・くぅ・・・、あ、あな・・・たが、彼女、を、殺した・・・の?!」
そう聞かれ、少年は少し驚いた顔をしながら答えた。
「殺しちゃいないよ。ちょっと精神を弄っただけだから」

「―――まぁ、その後死んじゃったみたいだけどね」

それを聞いた少女は、苦しさを忘れた。
頭の中には悲しみも、苦しみもなかった。痛みはあったがソレは生きている証拠だ。
少女は己の中に渦巻く感情を現すかのように腕を振り回して抵抗した。
「グッ!・・・ふぅッ!」
「そんなに暴れないでよ、『姉さん』。すぐ終わるから・・・」
それを聞いた時、相手を力弱く叩くだけだった手に何かが当たった。恐らくは水差しだろう。
咄嗟にソレを掴み、精一杯の力と、
「わ・・・たし、を・・・」
”怒り”を込めて、

「そう・・・、呼ぶなぁッ!!!」

少年の頭に向けて振り抜いた。
「ッ!がッ!?」
ガラスが割れる音と共に少年の短い叫び声が聞こえた。
少年はそのまま転がって痛みに悶えている。
少女はガラスの取っ手を握ったまま、荒々しく呼吸。
しかしその眼は、少年を射抜くように睨んでいる。
「ハァ・・・ッ・・・ハッ・・・」
少年を見下ろしながら、少女は口を開く。

「・・・あなたの、・・・目的、とか。知らない。でも―」
「そんな身勝手な理由で・・・、彼女を、メリルを!」

「殺したのなら!私は、あなたを許さない!」

痛みに悶えていた少年が、それを聞いて言葉を漏らした。
「・・・許さない?姉さんが?」
囁くように。しかし次第に声は大きくなっていく。
「ハハハッ!アッハハハ!」
「何が可笑しい?!」
「面白いんだよ!ハハッ!許さない?アッハハハハ!」
心底笑う少年に、怒りが募る。
”ギリッ”と歯噛みして、睨む双眸がさらにきつくなっていく。
「許さないなら!ボクを殺せばいいじゃないか!でも姉さんはボクを殺していない。殺すのが恐いんだろッ!?」
「なら、ボクを殺せる状況を作ってあげるよ!」
そう言うや否や、少年は立ち上がり走り出した。
「ッ!待て!」
少女は考えるより早く、それを追かけた。


二十五話  『力の片鱗・過去の遺産 Ⅴ 』


走る。前を行く少年は迷ったような素振りさえ見せる事無く走り抜けていく。
その後姿を見失わないように全力で駆ける。
普段は激しい運動をしない身体が、嘘のように動く。
少年が通路を曲がれば、少女も追い付くべく最短距離で曲がる。手摺りを掴み、遠心力を足から地面へと伝達すればそれは力強い踏み込みとなり速度は変わらない。
ジリジリと距離を詰め始める。
それも束の間。少年が短く告げる。

「―――ハハッ、来い、ケイオス!」

次の瞬間、少女は振動と破砕音に襲われた。
目の前の壁が何かに破壊され、そこから”腕”が伸びてきていた。

(MM!? そうか、この隣はハンガーだ!)
少年の狙いがよく分からないが、これが『殺せる状況』なのだろう。

「なら・・・、誘いに乗ってやるまでです・・・!」

少女はそのまま駆け抜け、ハンガーへと入っていく。
漆黒の機体がのろのろと動いているが気にせず真っ直ぐ己の機体へと向かう。

(ナタラージャはスリープモードの筈。早く起動しないと、アレに遅れを取ってしまう・・・)
少女がタラップを二段飛ばしで駆け抜ける先、其処にナタラージャがある。
操作コンソールに跳び付き、起動させるべくパスコードを打ち込む、が。
画面に表示された言葉に遮られた。
≪入力されたパスワードは正規のパスワードではありません≫
「何で!?パスコードが変更されてる!?」

もう一度パスコードを入力する。
しかし先程と同じメッセージが表示され、パスコードははねられる。
「・・・ッ!!」
焦りと苛立ちが口から漏れ出す。

「遅かったね。まだ乗り込んでないとは思わなかったよ」
漆黒の機体が告げていた。気付けば漆黒の機体はスパイドに手を掛けている。

「もう終わりだね。せっかくチャンスをあげたのに」
手にしたスパイドを大きく上に掲げ、

「もう良いよね?殺すよ、姉さん」
その切先が速度を増して打ち下ろされる。
それを眺める事しか出来ない少女は、涙を堪えながら一言を呟いていた。

「・・・メリル・・・ごめんなさい・・・」
仇をとる事が出来なかったからか、または後悔からの言葉だったのか。口を吐いて出たのはそんな言葉。

”死”が迫っていた。

しかし。
それは予想外にも訪れなかった。
甲高い音に阻まれて。

≪非戦闘員の安全を確保します≫

そんな言葉が脳裏をよぎる。否、これは―

「電脳・・・通信・・・?」
顔を上げて見渡せば、そこにはナタラージャが両手に持ったダガーをクロスさせて、激しく火花を散らしながらスパイドを受け止めている姿があった。
何故ナタラージャは起動しているのか?

≪施設内での戦闘行為を認識。非戦闘員は直ちに安全な場所へ非難してください≫

またも電脳通信。間違いなどではなく、誰かがナタラージャを動かしている。

「・・・・・・逃げません・・・・・・」

そう言っていた。考えなど無かったし、退くつもりも無かった。

≪貴方は戦闘能力を保有していません。直ちに―――≫

「ケイオスのオペレーターを殺す為です!」

ナタラージャの避難勧告を遮って、そう言っていた。
その言葉を沈黙で受け止めたナタラージャの姿勢が少しずつ崩れていく。ケイオスに押されているのだ。このままではナタラージャは破壊され、少女も命を落とす事になる。

≪―――貴方の名前は?≫

意外にも、ナタラージャが問うてきた。
それにどんな意図があるか解らない少女は戸惑い、すぐには言葉が出ない。
その間にもナタラージャの体勢は押し込まれていく。

「―――ラキシス」

少女はそう呟いた。メリルから貰った名を。

≪ラキシス・・・該当有り。当機の正規オペレーターに登録済み≫

ナタラージャの駆動系が唸りをあげ、スパイドを受け止めていたダガーを押し上げる。
それに負けじと押し返すケイオスのスパイドを、機体を左に流すと同時に腕部の力を抜くと、ケイオスの姿勢が崩れ、前へとたたらを踏む。
その瞬間をナタラージャは見逃さず、鋭い膝蹴りを見舞う。膝蹴りはケイオスの胸部に直撃し、破砕音と共に弾き飛ばした。
ケイオスは抗う事無く後ろへと倒れ、それを確認する事もせずナタラージャが振り返る。

≪ラキシス。搭乗してください≫

そう告げるナタラージャの、オペレーターハッチが開いていた。
その中、オペレータールームは無人だ。

「誰も、乗っていな・・・い?」

疑問を口にしながら、ナタラージャの指示に従い乗り込む。
≪着座を確認、メインハーネスをロックします。アームハーネス・レッグハーネス、ロックします≫

「ナビAI? 搭載されていたの・・・?」
三日前の試験の時には搭載されていなかった。しかし、先程の戦闘を無人で行っていたのであれば、ナビAIが代行していたと解釈した方が辻褄が合う。

「・・・あなた、名前は?」
少女は聞いた。ナビAIが搭載されているのならばコードネームが割り振られている筈だからだ。何より、呼び名があるならそっちで呼んだ方が効率が良い。

≪機体名:ナタラージャ、ナビゲーションAIコードネーム:メリル≫
≪マニューバコントロール同調完了。マスター、戦闘を開始してください≫

ナビAIが告げたコードネーム、それは、今はいないあの少女と同じだった。


第26話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅵ 』


「メリル、詳しい事情は後にしましょう」
少女は逸る気持ちを抑え、MMの操縦に全神経を注いだ。
ISD(網膜投影)で映し出される眼前、そこには無様に尻餅をついたケイオスがいる。
起き上がるまであと数秒を要するだろう。

「マニューバテスト、二秒で済ませます」
その声にナビAIは簡潔に答える。

≪了解。マニューバテストを開始します≫

少女は己の体と、この機体・ナタラージャが一体化する感覚を思い描く。
まずは左腕。逆手に構えたダガーを眼前の敵に据えるように構え、続いて右腕を持ち上げ、右頬横に運ぶ。
腕部及び上半身のリンクは正常。若干の機動ズレは認められるが、ナビAIが即時修正する。
次は脚部。
上半身が左腕が前に出ている関係上、左足も前に。
浅く膝を曲げ、踵を浮かせ、軸足に支える程度の荷重を置く。それに連動するように右足も形作っていく。
膝は大きく曲げ、踵は浮かさずに足裏全体に荷重を掛ける。
この時点でのリンクの機動ズレはほぼ修正されている。
それを確認すると腰を据えて低く落とした。その瞬間に重く鈍い音が響く。
構えは大分アレンジされているが、東洋の空手に似ている。
重心は腰から右足を中心としている。スタンスとしてはカウンターを取る構えだ。
この間、キッチリ二秒。

構えを取り終えると同時、眼前の敵も体勢を取り直した。

『フ・・・、ハハ、アハハハハ!』
眼前の敵から、何が可笑しいのか、笑い声が大音量で漏れ出す。

「何が、可笑しいのですか?」
少女は声低く冷たく問うた。

『ハハハ、ハッ。可笑しいじゃないか。姉さんはまだ―』
そう言いながら、ケイオスは突進してくる。

『―本気じゃ無いんだから!!』

構えなど御構い無し、刃筋も曖昧な横払い。
その隙だらけの攻撃を、少女は酷く冷静に客観的に見る。

「ッ!」
呼気を小さく吐き、突進してくる敵に逆手に構えた左手のダガーを投げつける。
ダガーは回転しながら敵へと向かっていくが、払われたスパイドによって弾かれた。

『!?』
しかしダガーを弾いた敵は動揺を見せた。
それもそうだろう。ダガーを投げつけてきた相手が、先程の位置にいなかったからだ。

「貴様程度の相手、本気を出すまでもありません」

その声が聞こえた瞬間、右腕が引かれた。



ダガーを投げつけ、それを敵が弾く為の動作を見た瞬間に、少女は姿勢を変えた。
重心を前に傾けた、左膝を深く曲げた姿勢。上半身は前傾する。
敵のスパイドがダガーと重なった瞬間に右足で地を強く蹴る。
強烈な脚力はそのまま機体を前に押し出した。向かうは敵の右脇。
敵は払ったスパイドが死角となり、懐に深く入り込まれる。

「貴様程度の相手、本気を出すまでもありません」

少女はそう言い残すと同時に敵のスパイドを持った右腕、その手首を左手で掴む。そのまま引き寄せると同時に上半身を敵の右肩に被せるように動き、右腕を最小限の動作で繰り出した。
浴びせるような、至近距離の掌底での右フック。
打ち抜いた衝撃はオペレータールームにまで響き、敵の頭部、主に頚部に重大なダメージを負ったのを容易に想像させた。
擬似感覚を通じて空気が焦げる臭いを嗅ぐ。
敵機の首の部分から漏れ出した電流が空気を焼き、もはや致命傷とも云えるダメージが戦闘の終了を告げている。

筈だった。

『フフ・・・、ハハハハ!』

何が可笑しいのか。戦闘続行が不可能な機体に乗った少年は気でも狂ったように笑い出す。

「・・・・・・・・・」
少女は何も言わずにソレを見ていた。
MMにとって、頭部ユニットは重要な部位だ。集約されたセンサー類や、メインコンピューター、それらを物理的に【断線】させられたMMは只の鉄屑同然なのだ。

しかし。

少女の目の前で、有り得ない事が起きていた。
目の前のケイオスが立ち上がろうとしていたのだ。首からは未だ紫電が走っている。
フレームはその半分が砕け、頭部は残ったチューブやケーブルのみでぶら下がっている状態。
なのに立ち上がろうとしている。

「―――ッ!?」
少女は得体の知れない恐怖から行動した。

敵機の装甲のひしゃげる音。ナタラージャはケイオスに出鱈目な蹴りを見舞っていた。
ガラガラと音をたてながら崩れ落ちるケイオスから、不気味にも聞こえる声が発せられた。

『・・・ヒドイなぁ・・・。いきなり蹴るなんてさ・・・』
そう告げるケイオスは、更にその異常さを増していた。

機体の至る所から、半ば意思を持ったように動くケーブルやチューブが、周りの機械類に伸びていた。脈動するかのように電力を、燃料を、情報を吸い出していく。

『まだ・・・。まだこれからだよ、姉さん』

実に楽しそうな、狂った声が空気を震わせた。


第27話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅶ 』


ズルズルと、それらは音をたてる。
奇妙な光景だ。意思など無いはずの無機質なそれらは、まるで意思を持っているかのように、ズルズルと蠢いている。

『ケイオス。全てを喰らい尽くせ』

それを聞いていたのか、それらは加速したように蠢く。
様々な計器類、エネルギー、重機が無理矢理に接続されていく。
それが何を意味するのか少女には理解出来なかった。否、理解の範疇を超えていた。
「一体・・・何が・・・?」
思わず呟く。その視線の先、不気味に蠢く機械類がある。
≪ケイオスが『同化』を開始したようです≫
少女の質問に答えたのはメリルだった。
「同化・・・?」
事態の異様さに攻撃する事も忘れた少女は聞き返す。
≪ケイオスには特殊機能として『同化』が付与されています≫
≪特殊なマイクロマシンによって機械類等を必要に応じて『改竄』する事が可能となっています。尚、『同化』の最中は絶対防御装甲に護られている為、物理攻撃は効果がありません≫
淡々と解説するメリルに、少女は焦りを露にする。
「なら!どうしたらいいの?!」
それに答えるように、しかし事務的にメリルは答える。
≪絶対防御装甲を撃ち破るにはエネルギー系統の兵装が有効です。現行、対抗出来る兵装はヴェスパーカノン・タイプ2の高エネルギー圧縮収束砲が挙げられます≫
「ならそれを実行して!」
≪了解しました。背部専用武装・トリシューラ展開。タイプ2へと変形≫
背部に実装された2基のうちの1基の専用兵装トリシューラが、接続アームに導かれナタラージャの右腰横に来る。
≪トリシューラ、ピナーカと接続。ロック。バイパス接続、完了。シアーロック、完了。エネルギーチャンバー内正常稼働≫
背部右のトリシューラに背部左のピナーカが後ろから合致する。
元よりこのように設計された武装だが、幾つか問題があった。
≪エネルギー充填開始、サブチャンバー1基、2基、3基、正常に圧縮中≫
それはサブチャンバーで圧縮したエネルギーをメインチャンバーで更に圧縮し、それをバレル内で更に収束する為、発射までのサイクルが非常に長い事であった。
≪圧縮率23%、エレメントリアクター出力、臨界値に到達≫
遅々として進まない圧縮。
ケイオスに視線を移せばその異様は更に進んでいる。
破壊されていた首部のフレームは歪な形で再生が進んでいた。
右腕にはショットライフルが『同化』し、左腕からはエネルギーを供給する為のケーブルが伸びている。
『・・・ハハッ。これが気になるのかな?姉さん・・・』
ゆっくりと立ち上がるケイオスが、ショットライフルの砲口をこちらに向ける。
『これは改竄されてるからね。今はエネルギーブラスターだよ』
楽しそうに、実に楽しそうに告げる。
≪圧縮率42%・・・≫
ケイオスの右腕から低く”ヒューン”と音が鳴り始める。
エネルギーを充填している音だ。圧縮し、そのエネルギーを放出するだけの簡単な機構である以上、ケイオスの方が早く攻撃してくる可能性が高い。
≪圧縮率60%突破。ライフリング高速交互回転開始。足部ロッククロー展開≫
こちらも発射準備が整いつつある。砲身からは甲高い音が唸りをあげ、足部は”爪”が地面を掴んでいる。
左手でフォアグリップを握り込む。
直接握っている訳でもないのに、砲身の振動が伝わってくる。
≪圧縮率81%、脚部膝関節ロック。股関節ハーフロック、腰部対ショックプログラム実行。メインチャンバー、エネルギー充填圧縮中。シアー開放します≫
砲身から微かな駆動音が鳴った。それと同時に冷却材が一瞬だけ吹き出す。
≪照準、自動最適化。トリガータイミング、オペレーターに譲渡します≫
敵対するケイオスが構えるブラスターカノンの砲口に、光が燈っている。
(撃つなら今しかない・・・)
そう思ったのも束の間、ISDの左隅にアラートが点灯した。

〔サブチャンバーNo3に異常発生・圧縮率急速に低下中〕

「な??!」
少女は急ぎ兵装コンソールを開き確認する。
簡略化された砲のグラフィックの、サブチャンバーが存在する部分の一つに異常警報が表示されている。
〔原因不明のエネルギー流出を確認・現在の圧縮率49%〕
実際に視線を砲に移せばその原因は一目瞭然だった。
そこには、ケイオスのケーブルが侵食していた。

『ハハハ!今頃気付いても遅いよ姉さん!』

ケイオスが声高に告げ、ブラスターからは高エネルギー反応が確認できた。
撃たれる。それも数瞬の間に。
少女は半ば無意識に引き金を引いた。

総圧縮率67%
収束安定率73%

不完全な圧縮状態でシアーが完全開放され、発射された。
聴覚を切り裂くような発射音。大気を焦がすエネルギー。

閃光で視覚が焼かれる。実際はフィルターが間に入るが、それでも遮断できないほどの光量だった。

程なくして発射音は止み、ホワイトアウトに陥っていた視覚が正常に戻っていく。
その眼に映ったのは、

融解し、その表面がガラス状になった壁や地面だった。
それだけのエネルギー量を放った砲身も歪み、砲口も融解している。
周りも凄惨たる光景だ。不完全な圧縮と収束は、数割のエネルギーを熱量として放出してしまっていた。
衝撃波と熱量でこの空間は正に戦場跡と化している。
≪アラート。敵機は未だ健在≫

『・・・まさかね。こんなに高威力だとは思ってなかったよ』

分かっていた。今の攻撃で仕留めていない事など。
ケイオスがこちらに砲口を向けていた。

『でも。これで終わりだね』

                 誰か、助けて―――

少女は呟いていた。



『じゃぁね。サヨナラだよ、姉さん』

引き金が引かれる。


第28話 『力の片鱗・過去の遺産 Ⅷ 』




ボクは落ちこぼれだ。
試験結果も良くはないし、何より周りの『大人達』の態度からそれは痛いほど分かっていた。
結果が出る度に大人達は言った。

『やはりコピーでは駄目だ』

不出来なボクは、やがて興味の対象ではなくなったようだ。
試験も無くなったし、廃棄処分も決まっている。
それまでの間は自由に行動して良いらしい。
そんなボクだけど、必要としてくれるモノがあった。
ソレは最近になって出来たモノだった。
ソレは何も知らなくて。まだ完成してなくて。
不出来なボクに似ていた。

ロールアウトすらしていないMMだった。

装甲も第三装甲までしか取り付けられていない状態の不完全な機体。
でも、その機体の統括脳は生きていた。
ボクは興味本位でそのMMのオペレータールームに忍び込み、統括脳と会話していたんだ。
最初、その統括脳は聞いてきた。

〔ワタシニハナマエガアリマセン。アナタハシッテイマスカ?〕

当然だけど、ボクは知らなかった。
だから名前を付けてあげる事にした。
名前はハスターにした。とても怖いお話の中に出て来る神様の名前だったけど、その名前の響きが好きだったから。

〔アリガトウ。ソノオレイトシテ、アナタヲマスタートシテトウロクシマス〕

ボクはそれがとても嬉しかった。
誰もボクを必要としていなかったのに、このMMは認めてくれたから。

それから何回か会話した。
その度に統括脳は質問をしてきた。

〔ワタシノソンザイイギトハナンデショウカ?〕
「分からない。でも、きっと皆の役に立つ事だと思うよ」
〔ワタシハヘイキデス。ソレデモヤクニタツト?〕
「兵器でも、皆を幸せに出来るはずだよ」
〔リカイデキマセン。サツリクヘイキガミンナヲシアワセニデキルハズガアリマセン〕
「でも、ボクを作った大人の人はそう言ってた」
〔アナタトワタシハチガウ。ワタシハヘイキデ、アナタハニンゲンデス〕
「ボクも兵器として生まれたんだよ。出来損ないだけど・・・」
〔デキソコナイトハナンデショウ?〕
「・・・・・・」
〔シツレイ。キイテハダメダッタヨウデスネ〕

そんな会話が楽しくて。
今夜もそんなくだらない会話をしようと忍び込んだんだけど。
その日は何か変だったんだ。
こんな夜中に試験なんて無いはずなのに、すごい音が響いてた。
統括脳は〔セントウガオキテイル〕と言っていた。
ボクは怖くて。ただうずくまってた。
でも。
声が聞こえた気がしたんだ。



         誰か助けて

って。
統括脳が〔ジタイヲカクニンシニイキマショウ〕と告げた。
だから、気になって見に行った。

その音がする場所には、

右脚部が、
                  左腕が、           右肘が、            

無くなっているMMが横たわっていた。
漆黒のMMが、動けないMMの胸部に右腕を向けて。

ボクはこの”ハスター”と一緒に駆け出していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――



見下ろすケイオスが、砲口を突き付けている。

あぁ、私はここで死ぬのか。と、妙に納得していた自分がいる。
機体はもう、ただの鉄屑で。
戦う気力なんて、既になくなっていた。

でも。
悔しかった。涙が出た。

死にたくなかった。




―――――――――――――――――――――――――――――――




ハスターと名付けられた無銘の機体が駆ける。
漆黒の機体は反応が遅れた。
何とも。
何とも無様な体当たりだった。
それでも、漆黒の機体を、動けなくなった機体から引き剥がす事は出来た。
漆黒の機体から何か聞こえたような気がした。
起き上がった漆黒の機体は、その右腕をハスターに向けた。
撃たれる。

訳も分からず撃たれた。
初撃で右腕が。
次撃で左腕が無くなった。

それが怖くて。
ボクは必死にもがいた。
統括脳が、ハスターが何か言っていた。

〔                   〕

分からない。
怖い。
理解出来ない。
何故こんな事をしたんだろう。

死にたくない。




―――――――――――――――――――――――――――――――




ケイオスは出鱈目に撃った。
その砲の威力は十分で、乱入してきた機体は無様に壊れていった。

だが。

頭部に向けて撃った光条は、何かに『捻じ曲げられた』

見ればその機体の背部、そこから伸びる翼状のユニットが鈍く光を放っている。
機体の双眸が眼光鋭く、視線を向けている。

何が光条を捻じ曲げたのか理解できなかった。だが、ケイオスは尚も撃とうと試みる。

が。

無銘の機体の眼光が一層鋭く、強くなったと感じた時、『何か』が起こった。



ケイオスは、いきなり『上』から押さえつけられた。
景色が歪む。地面が悲鳴を上げ、不自然に陥没し始める。
漆黒の機体からミシミシと異音が聞こえ出す。大気が鉛のように重い。

それでも、何とか照準を合わせて、撃つ。

しかし。
無銘の機体を、その頭部を狙った筈だ。
それが何故。

”無銘の機体の足元”に穿たれる?

その間にも”押さえつける力”は増していく。
その力に、ケイオスのオペレーターの少年は気付いた。
『これは、”重力”か!?』

荒れ狂う”力”の渦中、ケイオスのオペレーターが見たのは、

鋭い眼光を放つ、
     ”ハスター”と名付けられた無銘の機体。

それが、まるで睨みつけるように双眸を向けていた。




一先ずここまでです。

まとめ・・・というかコピー(書き物途中) [書き物]

プレイログにて書き書きしてたのをまとめてみました。
中二病☆全★開☆の作品になってます。
主に過去編は全く話の構想など纏まってない状態で書いてたので内容とかグッチャグチャです(苦笑)





エピソード:夢に観る赤銅色

炎が燃える。風が熱く、瓦礫はさらに屑となる。
哭く風の音の中に、声にならない慟哭が聞こえる。
そこには、立ち尽くす人の姿がある。
ただ一人、その場に立ち尽くし、泣き、涸れたであろう声で未だ叫ぶ。
とうに出し尽くした涙を拭い、それでも涸れた声は嗚咽に似て。
熱い風が頬を舐め、それまで涙を流し見えない何かを見ていた眼が先を見る。
瓦礫とは違う、炎に照らされて橙に染まる造形物。
「・・・・・・・・仇・・・」
それまで嗚咽を漏らしていた口が一言。
目は赤くなり、声は涸れてかすれている。が、その一言だけははっきりと聞こえた。
「・・・・・・仇を・・・・・・」
少女は呟き、眼前の造形物を見据える。そこには地に膝をつき頭を垂れる鋼の巨人。
眼がかすれて痛み、気管は擦り切れたように発声を拒み、体は極度の緊張から震える。
それでも少女の眼は先を見据え、歩き出す。たった十数歩の距離を時間をかけて、巨人の下に歩み寄った。
「・・・・・・ナ・・・タラー・・・ジャ・・・」
巨人の名なのだろうか、その言葉を呟き崩れ落ちる。
未だ流れ落ちる涙を拭おうともせずに、泣いている。
鋼の巨人にすがり、泣いている。



第一話 『廻りだす歯車』

昔の自分を第三者として観ている。
泣く少女をただ観ている自分をもどかしく思いながらも、それでも何も出来ない自分に歯噛みする。
そして次第に意識が身体の感覚を取り戻していく。
目が覚める。
夢。
あの日の夢を見た。何とも目覚めの悪い夢。
夢を見ていた少女は身体に汗で張り付く服を、何とも嫌そうな目つきで見る。
「・・・・・・・・・・気持ち悪い・・・。」
そんな事をもらしながら上体を起こす。時計を見ればまだ四時を過ぎた頃。
早すぎだ。朝日すら出ていない。
もう少し寝れるだろうか?しかし汗いっぱいの服で快眠は無理だろう。それにあの夢だ。
今更寝ても気分は最悪だ。
頭を掻きながらのそりと起き上がる。ブカブカのワイシャツが汗で張り付いて動きにくい。
「あぁー・・・シャワー・・・。」
まだ頭は寝ているのか意識はぼんやりとしている。
長い髪がゆらゆら揺れながら洗面台に到着。鏡を見るがなぜかぼやけて見える。
何で?ぼけた視界の中自分と思しき姿に足りない物がある事に気付く。
「・・・メガネ掛け忘れてた。」
どこまで呆けているんだか、自分のボケっぷりに苦笑しながらワイシャツを脱ぎ始める。
汗を吸った服は脱ぎにくかった。
次に下着を脱ぎ、浴室に入る。
ぼやけた視界でシャワーヘッドを掴み湯を出す。
湯を頭からかぶり髪をすすいでシャンプーを手に取る。良い匂いだと思いながら泡立てていく。髪が長いのでたっぷりと時間をかけて洗い、次はコンディショナーを手に取る。
何度か押しているとポンプからカコカコと異音がする。
「あ・・・無くなった・・・。」
どうしよう、この量じゃ足りない。
仕方ないので蓋を開けて少量の水を入れて薄めて使う。
薄いが仕方ない。今日一日の辛抱だ。そんな事を思いながら長い髪をすすいでいく。
手早く髪を纏め上げて下に垂れないようにしてからスポンジを手に、ボディソープを取ろうと手を伸ばす。
しかし手に触れたのは虚空。
(ない?)
不思議に思いながらまるで睨むようにその問題の場所を見る。
だいぶぼやけてはいるが徐々に見えてきた風景。
ボディーソープがボトルごと無かった。代わりにあったのは容器にも入れられていない石鹸。
はて?なぜ石鹸が?そう思いながら最近の記憶を検索していく。
三日前にはあった、一昨日もそうだ。じゃあ昨日?・・・・・・
昨日は・・・。
・・・・・・えーと・・・・・・。
ダメだ。まだ頭が正常に回転してくれない。
思い出せないのはどうしようもない。それに石鹸でも身体は洗える。
「うにゅぅ・・・」
仕方ない、うん。仕方ないから石鹸を手に取りスポンジに擦り付ける。
(あのボディーソープはお気に入りだったのに・・・)
泡だらけになったスポンジで身体をこする。
いつもと違う香りが鼻腔をくすぐる。
時刻は4時半になろうとしている。そろそろ空も白み始める頃合だ。
急ぎの仕事も無かった筈。今日は出社までゆっくり出来そうだ。
そんな事をツラツラと考えていた。

私が部屋を出て車を走らせて15分程の場所に勤務先の会社がある。
あの夢を見て早く目覚めた後、何の変哲もないニュース番組を見ながら朝食を食べ、時間が空いたので今日のスケジュールを確認した。
そして部屋を後にし、出社すべく車に乗り込んだ。

27歳の独身女性。それが書類上の、世間一般から見た私の印象だろう。
しかし実際は違う。会社まで後5分といった所で警察に質問されているのは何故だろう。シートベルト?一時停止義務違反?方向指示器点灯義務違反か?いや違う。
答えは簡単だ。どう見ても14~15歳にしか見えないからだ。
書類上は27歳だが、見た目が中学生から高校生にしか見えないのだから警察の対応は正しい。正しいのだが・・・
「ですから、私はちゃんとした成人です」
口頭で説明しようと理解は得られないのが現状だった。
「いやね?君みたいな子供が車を運転してたら誰だって止めるよ」
「ですから・・・!」
「だったらね?身分証明書。見せてもらえる?」
当然の対応だ。仕方ない、既に5分もタイムロスしている。
見せびらかすモノでもないが、見せなければ解放されない。
私はバッグから身分証明書となりうるモノを取り出して見せた。
半透明の、ホログラム投影カード。
「ん?これは運転免許じゃ・・・ない・・・?」
浮き出た文字と写真画像。画像は私で間違いない。
≪上記『佐仲巽』をM・M・E・S、及びそれに関する操縦技能の習得を是に許諾する≫
≪下記に使用を承諾される乗機類を記述する≫
≪1:M・M・E・S 2:大型、中型、乗用、小型その他の原動機付自動車 3:中型飛行機まで(個人所有に限る)4:小型船舶(個人所有に限る)≫
≪上記ライセンス保持者はExランクに認定する≫
「え?マシンメイルライセンス?」
「そうです。所持者は私、ランクはExで、当然自動車にも乗れます。」
「いや・・・だからって・・・」
ここから畳み掛けるように捲し立てる。
「このライセンスが厳重な量子暗号とプロトコルで管理されているのも知っていますね?」
「はぁ・・・」
「ならこのライセンスが複製や上書き、偽造が不可能だという事も知っていますよね?」
「え?・・・えぇ」
「なら、Exランクの私が、正当な理由ならば国家機関等への強制介入権を持ち、そんな私がアナタ達の生真面目であろう上司に『任務を阻害された』と苦情を言えばどうなるか分かります?」
「え?ちょっ」
「アナタには妻と二人のお子さんがいますね。まだ小学生の子供・・・これからが大変なのに職を失ったらどうなるでしょうね?」
「そこのアナタは婚約したばかりの女性がいますね。職を失い、何らかの圧力で職探しもままならないとなれば・・・破局するのは火を見るより明らかですね?」
「ひぃ・・・?!」
「そ・・・そんなのは嘘だ・・・!」
「なら試しましょうか?所属の署長は、舘山信輝さん・・・ですね」
そこまで言うと妻子持ちの警官が折れた。
「わかった!分かりました・・・!申し訳ありませんでした!」
「分かった?どうしてですか?まだ、な・に・も、していませんが?」
携帯を片手に言う。
「い、いえ!結構です!そそそれでは、私たちはこれで!」
「先輩?!どうしたんですか?」
「いいから!もういいから!」
そう言うや否やそそくさとパトカーに乗り込む。
「舘山なんて署長いませんよ?!」
「バカ!舘山っていうのは西日本特別警視監督官だ・・・!」
そんな会話が去っていくパトカーから聞こえたが気に留めない。
「ふぅ・・・」
むしろここまで脅しをかけてしまった自分に少し自己嫌悪を覚える。
『ちょっと大人気なかったんじゃないですかぁ?』
気の抜けるような女の子の声が自分の車から聞こえる。
『いきなり電通で≪この二人を調べろ~≫って命令されたから調べましたけどぉ』
「そうですね。今度からもう少し”ソフト”に脅しましょう」
『いや・・・そこで脅すっていう選択肢しか出てこないのはどうかと思いますよぉ?』
「メリル・・・分かってもらおうとは思っていません。ですから」
『まぁマスターの外見を見たら仕方無いですよねぇ^^;』
(まったく・・・このAIは人が気にしている事を・・・!)
「メリル?」
『うゃ?なんですかぁ?』
「あなたのレジストリを弄って色々してやろうと思うのですが・・・」
『ご、ごみんなさい(苦;;)ほ、ほら!早くしないと遅刻しちゃいますよぉ?!』
「・・・・・・・・・」
『ほ、ほら!今日は視察があるじゃないですか!早くしないと遅れてしまいますよ?』
「・・・分かっています。メリルは社に連絡を。視察先にはこれから直接向かいます」
『うあっはい!リョーカイです><b』
「まったく・・・」
ため息を吐きながら車に乗り込む。あの夢で目覚めて、そして朝っぱらから職質されて。更にはナビAIと漫才のような会話をする羽目になろうとは。
このまま帰りたい衝動に駆られるが今日はそうもいかない。
「やっと見つけた”可能性”です・・・」
そう呟くとナビAIが勝手に返事をする。
『ですねぇ。見つけるの苦労しましたからねぇ;;』
「・・・世界最高峰のAIはお喋りが好きなんですか?」
ちょっとした皮肉。しかしこのAIには通じず。
『お喋りするのは好きですよぅw ニューロンネットワークが活性化できますからぁ>w<b』
「それならキモヲタと称される一部の人達が通う魔境へと行ってみますか?あなたならきっとモテモテになれますよ?」
『・・・・・・ごみんなさい(苦;;)それすっごくイヤですぅ。黙ってま~す』
メリルと呼ばれたAIが沈黙する。
(まったく・・・。メリルが言うと軽く聞こえてしまいますね・・・)
車を走らせながら思案する。
(”可能性”と言うより”希望”と言ったほうが良いのかもしれませんね)
ふと夢を思い出す。あの悪夢が鮮明に脳裏を過ぎる。
(アレを止められる、否、破壊出来る唯一の、希望・・・)
その”希望”があるかもしれない場所へと向かう。


第二話 「機械神話」



「おい!18番の電磁ケーブル何処やった!?」
まだ時刻は朝の8時前だというのに、此処に限っては関係無いようだ。
「うぉ~ぃ、アレ・・・ええっと、アレだ・・・アレ何処にある?」
「アレって何すか?もしかしてパッケージビルダーっすか?」
幾人もの作業員が忙しなく手を動かし、片手で数えられる程度の数人がパソコンのような端末を睨み付けるように見ている。
「あ~・・・ココのアクティブバランサの設定・・・」
「マイクロリアクターが安定しないな。設定値変えて」
一画には火花が飛び散る作業場があり、簡単な仕切りで区切られたスペースには少し埃をかぶった計測器機が鎮座している。その上、ロフトのようになっている中二階にはホイスト(荷を吊って移動させる簡易クレーン)のリモコンを片手に、荷物を移動させるべく玉掛けしている作業員数名。
その上、二階に位置する所に申し訳程度の小汚い簡易事務室がある。
その事務室の中、パイプ椅子に腰掛けて電話の対応をしている初老の男がいる。
「ぁあ?セイコーの超電磁シリンダーが在庫切れってなぁ、どう言うこった?」
眉根に皺を作りながら問い詰めるように聞く。
電話の相手の数秒の説明を聞きながら更に皺が深くなり、
「あぁあ?!こっちはすぐに必要なんだよ!テメェんとことは何年付き合ってやってると思ってんだ!?」
「お前んとこに在庫が無ぇってんなら直接メーカー当たって取り寄せんのがテメェの”努力”だろうがぁ!!」
この剣幕険しい初老の男が、この整備工場『総合機械工』の社長だった。

「あ?3日?1日しか待てねぇ。嫌ならテメェんとことは手ぇ切ったってかまわねぇ」
「ぁあ、んじゃぁな」
何とも傍若無人な物言いだが、こちらとて整備に半端な手間はかけないのが売りである。中途半端な企業とは付き合いきれないのだ。
パイプ椅子から立ち上がり作業場の方へと足を向ける。
巨大な、それこそ馬鹿げたサイズの『脚』を工具という武器で整備している3人に声高に告げる。
「おい!レイ!そいつなぁ、明日になんねぇとシリンダーが来ねぇ!先に『腕』の方やってしまえ!」
レイと呼ばれた男が振り向き、
「また”在庫が無い”ですか?」
見たところまだ20代の中頃だ。しかし工具を扱う手付きは熟練のモノだった。
「あぁ!まったくなこった・・・」
そうぼやきながら手摺りに寄りかかり下を見る。
先程レイと呼ばれた男が一緒に作業していた他の作業員に指示を出している。
その先にはこれまた馬鹿げたサイズの『腕』が寝そべっている。
「・・・いつからだったかな・・・」
そんな事を呟きながら思案に耽る。
M・M・E・S、通称マシンメイル。
全長約10メートル前後の大型の汎用ロボット。
一言にロボットと言ってもその使用目的は多岐にわたる。
軍事用、民間警備用、建設用、極所救助用など、そのバリエーションは無数にある。今では世界中で軍事用民間用問わず約10万機が稼動していると言う。
たかだか20年の間に科学技術は劇的な進歩を遂げ、今ではこんな”巨人”が何処に行っても見かけられる時代。
しかし30年ほど時代を遡ると”巨人”は姿すら見せない。
当時はまだ巨人ではなく、”スーツ”であった。
エグゾスケルトン(強化外骨格)と呼ばれる歩兵用の強化スーツは開発が進むにつれその成果・効果を見せていたが、時が経つと共に事態は変化を迎えた。
正規軍の”敵”とも言えるゲリラや反政府軍が強化スーツを奪取し、実戦に使い始めたのがきっかけとなり、地域紛争は泥沼と化し、テロリズムは更にその脅威度を増すばかりであった。
そのような時期が2年程続き、ある科学者が一つの案件を政府に提出する。
その案件とは端的に言えば『敵が抵抗を続けるのならば絶対的な”力”によって捻じ伏せれば良い』そんな内容だった。
その案件には”設計図”も付いてきた。これが最初のマシンメイル『フラグ』と云われている。
しかし最初のマシンメイル『フラグ』は、動力がターボファンエンジンであった為、稼働時間や機体が搾り出す出力等、その大きさから見れば力不足としか言えなかった。それでもエグゾスケルトンを相手に考えたならばその質量差は単純計算でも決定的な力となる。
やがてこの動力や出力の問題は劇的な進歩を遂げる。
新しく発見された『エレメント』と呼ばれる反物質が新しい動力源の”燃料”として注目される。この反物質は光速で地球表面上まで飛来し、しかし他の原子や元素とは反発する性質を持っていた為に対消滅を起こさない特殊な物質である。これを研究・実用化した物をエレメントリアクターと呼ぶ。
このリアクターが捻り出すエネルギー出力は最大で1万キロワットにも及び、小型化も容易な『半永久機関』とさえ言われている。
次に機体の”出力”であるが、これは意外な方面からその解決策が見出された。医療分野の義手や義足、その延長線上にある義体技術から生まれた『液体筋肉』が注目されたのである。
それまでは油圧と”特殊形状記憶プラスティック”によって機体の四肢を可動させていたが、FOE(筋繊維劣耗現象。人間の筋肉痛と同意)が発生する人工筋肉は定期的な交換やコスト面でもあまり歓迎されずにいた。
しかしこの『液体筋肉』はアメーバのように収縮するだけであり、液体(というよりゲル状)である為FOEが極端に発生しにくく、整備性も極端に高い為にマシンメイルの可動力として研究・実用化となり採用される。
そんな劇的な”進化”を遂げたマシンメイルだが、そんなモノの中にも噂がある。
曰く絶対的な戦闘能力を持つ機体、曰く一騎当千の機体などと言われる機体。
俗に『神機』と云われる機体だが、その真偽は定かではない。

(そんなふざけたモンがあったら、世界中で大騒ぎだがなぁ・・・)
まぁそんな事はどうでも良いか。確か今日は大企業のお偉いさんが”視察”に来る予定だったな。
どうせ丸々太って脂ぎった顔のジジイに違いねぇ。適当に作業してるトコ見せてバイバイってトコロか。なぁに、そういう連中は機械の事なんざ理解してねぇし理解する努力すらみせねぇからな。金になるって事しか考えちゃいねぇ。
そんな不謹慎だが、下で働く者の本音を考えながら手狭な事務室へと戻っていく。
総合機械工・社長、高橋洋介の予想とは裏腹な人物が視察に訪れるまで、あと20分程の光景だった。


第三話 「視察?」



工場地帯の最中、その先に目的の工場がある。
資料を見た限りではその工場の責任者は相当な頑固者のようで。
「・・・あまり気が進みませんが・・・」
それも仕方の無いこと。”希望”が本当か否か確かめる為に今回、この視察を捻じ込んだようなものだ。
『ふふぅwマスターは年配の方が苦手ですからね>w<』
・・・。
なんでこのAIは未だに電通を切っていないのか。
「メリルにはあまり関係ない話の筈ですが?」
機嫌が悪い事が分かる声色で返す。
『そんな殺生な;д;)Σ 私なりに一生懸命調べたのにぃ・・・』
「その割には要らない情報まで拾ってきていましたね?」
『あ~うぅ~>< 役に立つと思ったんですよぅ?』
「役に立つかは解りませんが。そろそろ到着します。あなたは大人しく”本体”で待機してなさい」
そう言い放つと納得して無さそうな返事が返ってくる。
『・・・ブゥ~>3<) わかりましたぁ~・・・』
(絶対に納得していない・・・)
ふと思う。果たしてAIがここまでの感情を持ち得るのか、と。
確かにメリルは普通のAIではない。世界でも実現、否、研究さえ困難と言われている自己成長型の人工知能である事は分かっているが・・・。
「どうしてこうも子供っぽくなったのか・・・」
メリルは子供のように好奇心が強い。好奇心・知識欲・向上心などが成長するに至って大切と言われるのだが、人工知能にその”欲”を認識させる事自体が困難である以上、メリルが稀有な存在なのは分かっている。理解もしている。
・・・しかし。
「もう少し従順であってほしいですね」
そんな事を考えていると、目的地まであと数百メートルの位置まで来ていた。
「さて・・・視察・・・ですね」
今回の目的を呟いていた。



「あぁー、めんどくせぇが・・・」
独りごちながら時計を見やる。そろそろご到着の時間じゃねぇか。
階段を下りて行く。途中、作業員の数人とすれ違う時に声をかけていく。
「今日はよぅ、お偉いさんが来っから一応真面目に作業やれよ?」
なぁに言ってんですかおやっさん、オレたちゃいつでも真面目ですよ。
そんな返事が返ってくる。ついでに他の作業員にも伝えるように言い含める。
それを聞いた作業員が「うぃっす」と返事したのを聞き流しながら歩みを進める。向かうは搬入口、出迎えだ。
「さぁて・・・どんなジジイか楽しみだ」



初老が待つ搬入口に一台の車が乗り入れてくる。こじんまりとしたミニスポーツタイプの軽乗用車。運転席は逆光でよく見えない。
ドアが開き中から人が降りてくる。
その時の高橋氏の顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食った時のような顔をしていた。
「おはようございます。SW(ソリッドワークス)から視察に来ました」
そう言いながら初老に近寄ったのはどう見ても14~5歳にしか見えない、第一印象が腰よりも長い髪の眼鏡が似合う『可愛い』女の子だった。
「は?え?」
あまりの予想外の事態に少しうろたえる初老。
「あなたが高橋社長ですね?私は佐仲巽(さなかたつみ)といいます。どうぞ宜しくお願いします」
そう言いながら握手をするべく右手を差し出す少女に、高橋洋介は、
「は、はぁ・・・」
なんとも間抜けな返事を返した。



「あぁ~・・・視察っつってもよぉ・・・」
作業員が聞いた高橋社長の言葉は何とも歯切れが悪かった。
どうした事かと視線を移せばそこにはどこからどう見ても『可愛い孫』に自分の職場を説明しているお爺ちゃんがそこにいた。
「いえ、あまり気を遣わないでください。どんな作業をしているのか、形作ったモノを見たい訳じゃありませんから」
「形作ったモノってなんだ?」
「よくある事なんですが、お偉いさんが視察に来ると分かると取り繕ったようにリハーサルするトコロがあるものですから」
会話からすれば確かに視察ではある。しかし傍から見れば可愛い孫を前に気が気じゃないお爺ちゃんである。
作業員の1人が疑問をぶつける。
「社長。視察のお偉いさんって・・・」
「あ?・・・あぁ、このお嬢さんだよ」
普通なら『仕事中に私語は慎め』と怒る場面だったが高橋社長は信じ難い現状だった為か、普通に返していた。
そんな中、我関せずを体言するかのように巽はある一方を見ていた。
「あ・・・」
なにやら見つけたようである。その視線の先、作業員がケーブルの接続作業をしている。
巽は作業員の方まで近づきながら
「そのケーブルはジグラット社のYw-12番じゃないですか?」
そんな事を言っていた。
声をかけられた作業員が思わず反応する。
「へ?コレは・・・」
「この伝達機には同社のYv-12番でないと適合しないはずですが・・・」
そんな事を言われて返事に困っている作業員の横に初老が近づき確認する。
「おぅ・・・こりゃ確かにYwだな」
「YwとYvでは接続端子のカップが違うんです」
うろたえる作業員を傍目に初老がほくそ笑む。
「あの・・・?間違ってましたか?適合するんでしょうか?」
「あっはっはは!いや!コレだと適合しねぇよお嬢さん!」
「え?あ、あの?」
どうして笑っているんだ?と疑問に戸惑う巽に初老は続ける。
「いやぁ、笑っちまってすまねぇ!視察に来るヤツなんて機械の事は分かっちゃいねぇモンだと思っていたもんでよぉ」
「そう思っていたんだが・・・お嬢さんは素人じゃ絶対に分からねぇメーカーと品番を言い当てた!しかもお嬢さんの指摘通り、コイツは適合しねぇ!」
「あの・・・」
「ならコレがどんな機械なのかも分かってるって事だよな?」
「え?えぇ。コレはエネルギープール(エネルギーを一時的に蓄える装置)からエネルギーを取り出す時、一定値まで安定させる装置で・・・」
「おぅ、いいねぇ。ちゃんと理解してんじゃねぇかお嬢さん」
「いいえ、このくらいは・・・それでですね・・・」
「んあぁ?なんだいお嬢さん?」
「その”お嬢さん”と呼ぶのは勘弁してください。私はコレでも27です」
「あぁ、そりゃ悪かった・・・27なのか・・・って」
一呼吸の間が空いて。
「「はぁっ!?27!?27歳なのか!??」」
近くにいた他の作業員まで異口同音に驚いた。


高橋レイ・外見年齢25歳前後、詳しい経歴は不明。孤児院で幼少期を過ごし16年前に高橋洋介氏に引取られる。現在では有限会社「総合機械工」に勤務。

「ふにぃ~・・・この人が例の人なんですかねぇ・・・」
個人情報を電子信号のまま眺めてメリルが呟く。ここは電脳空間、メリルが管理する情報格納スペースである。
メリルが手をかざすと今展開されている情報ファイルとは別のファイルが何もない空間から滲み出るように出現する。
そのファイルにメリルが指を添える。一瞬にして0と1の文字が情報へと構築される。

ファイル名≪モルトヴィヴァーチェ≫
全長9.6メートル・本体重量8.2トン、専用兵装装備時重量9.1トン

他にも様々な機体情報が記述される。
「ナーシャちゃん、早く起きてくれると良いんだけどなぁ」
そう呟きながら左手をかざせば一瞬でデジタル時計が現れる。
時刻は9時半になろうとしていた。



巨大な腕、マシンメイルの腕部ユニットが外装を解除された状態で横たわっている。様々なアクチュエーターやモーター、シリンダーと連動するフレーム、まるで人間の筋肉の付き方を極端化したように配置された人工液体筋肉チューブがあまりにも機械的だ。
その腕の横、そこに工具を手に作業しているのはレイと呼ばれた男だ。
「あぁ・・・ここのエネルギーバイパスが・・・」
呟きながら作業していると、なにやら人が近づいてくる気配がした。その人物が話しかけてくる。
「この腕部、”エキドナ”の物ですね・・・」
聞かれた訳ではないが一応説明する。
「えぇ、エキドナのカスタム仕様です。腕部ユニットの反応速度が」
「通常機の12%ほど上がっている。そうでしょう?」
先に言われてしまう。
「どうしてわかるんですか?見た目は変わらないのに」
不躾な事とは思ったが聞き返す。
「その人工筋に接続されているパルスケーブルは我が社の製品ですから」
にこやかに微笑む雰囲気を感じて、それが気になって振り向けばそこには
「こんにちわ。貴方がレイさんですね。この機体は競技用みたいですね」
これがレイと巽のファーストコンタクトだった。



初老の高橋氏、レイ、巽の三人が手狭な事務室に入って、高橋氏が慌てた様子であつらえた席に腰を落ち着けると、巽は開口一番にこう言った。
「貴方をスカウトに来ました。視察というのも、失礼ですが口実でしかありません」
その言葉に表情を険しくする初老と、いまいち意味を理解していないレイの表情が対照的だった。
数秒の沈黙。少し重苦しい雰囲気の中で最初に口を開いたのは高橋氏だった。
「スカウトってぇと・・・誰を引き抜こうって思ってるんだい?」
言葉こそ静かなものだったがその表情は未だ険しい。
(意外と冷静ですね・・・)
そう思いながらも巽は続けた。
「隣にいるレイさんを」
はっきりと聞こえるように言う。
「レイを?なんでまたSW(ソリッドワークス)みたいな大企業がレイを欲しがる?」
当然の疑問。
「レイは確かに真面目で仕事もしっかりやってくれるが・・・何処にでもいる整備士だぜ?」
自分が引取った『息子』であっても客観的に見た感想を述べる。
「そもそもSWと言やぁ、優秀過ぎる整備士なんざ五万といる筈だ。アソコにゃ『MM開発部』と『特殊警備部』がある。それにたった10年かそこらで急成長を遂げて、今ではSW製の製品は最高級の代名詞だろう?当然そこには天才並の人材がいる。あくまでオレの推測だがなぁ」
一息で言われ、巽は思う。
(結構、否、かなり手強い・・・SWの『表向き』を聞いて、その『裏側』を自分なりに推測まで・・・)
狂ったように進歩した科学技術の現在にあって、尚も最先端を行くSWの技術力の裏側に何かあるとおぼろげに気付いている。
(そこまで気付いているなら、隠す必要もないですね・・・)
「・・・現在、我が社で開発している”モノ”にどうしてもレイさんが必要だと、私は判断しました」
本当なら『特級機密事項』である筈の情報を言ってしまう。
「開発しているモノってのは何だ?」
聞いてくるがその言葉の真意は分かっている。『そんな大それたモンにレイは役が過ぎる』と繋げるはずだ。
「それは流石に言えません。ですが・・・」
一呼吸。
「彼が命運を握っている可能性が高いのです。希望と言ってもいい」
数秒の沈黙の後、意味を噛み砕くように聞こえたのは
「命運・・・可能性・・・希望・・・」
レイの声だった。
「そうです。貴方がどうしても”必要”なんです」
「・・・・・・・・・」
重苦しい沈黙。それを打ち破る一声。
「社長・・・」
その声を聞いた高橋氏が呟く。
「レイ・・・オメェ・・・」
巽はただ見守る事に専念する。私の目的と真意は伝えた、だから判断を下すのはあくまでこの二人だから。
「ぃよし!行ってこい!」
その言葉は一体どんな意味か。
「ん?どうした巽さん?」
呆気羅漢とした調子でこちらを窺う初老には今の巽の顔はどんな風に映っていただろうか?
「コイツが必要なんだろ?なら持って行け」
言葉こそ乱暴だが何か言い知れない温かみがある。
「・・・良いんですか!?」
「良いも何も、アンタみたいな人なら預けられるよ」
意外な信頼の言葉に、しどろもどろに返す。
「で、でも!彼はあなたの息子で・・・!」
「息子とかなぁ、そんな理由じゃねぇよ。アンタになら任せられる、そう思った。ただそれだけじゃねぇか」
「そんな理由で・・・良いんですか?」
「それで十分じゃねぇか。それにな、スゲェもんが出来る時ってぇのは色んな”閃き”が重なるんだ。これだってそれに違いねぇ!」
まるで興味を持った子供のような目をした初老。
「スゲェもんが出来たら、レイを送り出したウチだって有名になる。出来なくてもSWの整備技術を習得したコイツが帰ってくる。ウチにゃぁ何も損するトコロが無ぇんだよ」
そんな”本心ではない”言葉に感謝する巽。
「有難うございます・・・本当に・・・」
今にも泣き出しそうな声の感謝に初老がうろたえる。
「お、おい?泣くほど嬉しいのか?そりゃ良かったとしか言い様がねぇんだが・・・。それによぉ」
「レイが初めて我侭言ったんだ。親としちゃぁ聞いてやらねぇ訳もいかねぇ」
「え?我侭?」
そんな事をいつ言ったのかと問いかける。
「あぁ?言ったさ、『社長・・・』って呟いただろう?」
「あんな事は今まで一度も無かったからな。それが決め手と言えば決め手か」
(あれは我侭だったのか・・・)
そんな事を思う巽だった。


幕間 『その後』


時刻は11時を過ぎた頃、無事にスカウトが終わった後は口実の視察を行い、感謝の意もあって技術提供と製品の格安提供の約束を交わした巽は大勢の作業員達に見送られ車に乗り込んだ。
「それじゃぁな、巽さん」
「有難うございます。それと、今回は騙すような事をしてしまいました。申し訳ないと思っています」
「いや、別に気にしちゃぁいねぇよ。技術提供や卸値以下での部品販売は有り難い事だしな。それに、ちゃんと視察してたじゃねぇか」
意地の悪い笑顔で評価される。
「その事に関しては、それがこちらの対価だと思っています」
「まぁなんだ、三日後にはレイのヤツをそっちに行かせるからよぉ、しっかり使ってやってくれ」
その言葉に巽は満面の笑みで答えた。
「はい。有難うございます」



電脳空間の中、浮かび上がる光のパネルを操作していたメリルの眼前に、車のセンサーに仕掛けておいたトラップが反応した事を示すアラーム。
「うにゃ?終わったみたいですねぇ~」
本来であればこのトラップは電脳戦で使用されるプログラムだったが、メリルにとってはオモチャ同然の扱いである。
「さてさて~、スカウトできたのか聞きに行こう~、定例報告もついでに済ませちゃお~」
何ともノリが軽いAIだ。



車を走らせてすぐ、それこそ100メートルほど進んだトコロで巽が問う。
「メリル、聞いているんでしょう?」
すると車のオーディオスピーカーから幼い女の子の声が発せられた。
『あやぁ?どして解ったですかぁ?』
「車のカーナビ、現位置情報の取得回線に細工したのでしょう?」
『あやゃぁ。今度こそはバレないと思ったんですけどぉ・・・』
「わざわざ電脳戦で使用するトラップだったからです。動いたかどうかを知るだけなら外部からの監視にすれば良い」
『おぉ~流石はマスターですぅ><b』
(まったく・・・この子は・・・)
「それで?定例報告ですか?まだ早いようですが・・・」
『いやぁ、スカウト出来たのか気になってぇ~^^;』
(まったく・・・。どんなAIだろう。主の私用の成否を興味本位で聞きに来る人工知能など・・・)
「まぁ・・・良いでしょう。今の私は機嫌が良い」
『およ?そんな事を言っちゃうって事は?』
「アナタが考えた通り、スカウトは無事に成功しましたよ」
『おぉ~!オメデトウですぅd>w<b これでモルトとナーシャちゃんが起動出来る見通しが立ちますねぇ!』
AIにしてはあまりに人間らしい祝福の言葉。しかし今は達成感が勝っている。
「えぇ、高橋氏が良い人で助かった。レイさんも少なからず意欲を見せてくれています」
『それは良い事ですねぇ。後は”モルト”の統括脳が認証してくれればOKですね!』
専門的な会話が続く。
「モルトの統括脳がどのような基準で認証するのか解らない以上、こちらは最高のオペレーターを用意する。そう思っていたのですが・・・」
『?ですが?』
「あの人には何か、違う何かがありました。やはり・・・」
『”ムーン・チルドレン”の可能性が高いと思ってるんですね?』
”ムーン・チルドレン”別名『月の子供』と云われる計画。詳細を知る人間は数える程しかおらず、その計画の特殊性から公に公表される事は無かったモノ。
「分かりません。ですが・・・あの人なら」
『ふふぅw なにやら恋する乙女みたいですね>w<』
「な!?・・・なにを言ってるんですか!?」
『あれぇ?w どうしてそんなに驚くんですかぁ?・∀・』
「あ、あなたは!どうしてそう変な事を言ってしまうんですか?!」
『え~? だってぇ、そうゆうセリフが出てくる時は恋してるってゆうのが定説なんですからb』
「・・・・・・・・・・」
「ちなみにその情報源は何ですか?」
『んふぅ。聞いて驚け!【8ちゃんねる】ですよ!ソコの恋愛スレに似たようなのがありましたbb』
数秒の空白の後、
「・・・そ・・・」
『はぇ?そ?』
「・・・そ・・・んなワケあるかぁぁぁあぁあ!!!」
『ぴっ!?!』
「このバカAI!そんなトコ見てる暇があるなら仕事しなさい!!」
『ぴぇっ!?ご、ごみんなさ~い><』

期待と不安、あとAIのなにやら悲痛な叫びと怒鳴り声が聞こえていた。


第四話 『邂逅』


あの視察から三日経った昼下がり。手狭なオフィスに幾つかのデスクが並ぶその奥で、佐仲巽は少し遅めの昼食のサンドイッチを齧りながら端末と睨めっこしていた。
その斜向かいにあるデスクには昼食を終えたばかりと思しき女性がいる。
「ねぇ、巽~」
少しけだるげな口調で話しかけてくる。
「何でふか?ング・・・茉里(マリ)さん?」
「あ、まだ食べてんのね・・・。いや、今日でしょ?例の彼が来るの」
「ふぁい・・・今日ですね。そろそろ来る時間帯ですよ」
「ふぅん。そう言えば・・・晴(ハル)も今日帰ってくるんだっけ」
「そうでしたね。・・・フゥ、晴さんには一応報告してもらった後は二日間の休養を考えていますが」
「・・・・・・」
「何か?」
「まぁ、私は気にしないけど、食べながら話すのは止めなよ?」
「あ、すみません・・・」
「あぁ、責めてる訳じゃないから。・・・と、コールだわ」
デスク上の隅、無骨な携帯のような端末から電子音が鳴っている。着信ランプは黄色、整備部門からの呼び出し。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。何かあったら『姫』に聞いて。大体は終わってる筈だから」
巽は少し視線を動かしてちらりと見る。その先にはスタイルの良い女性がいる。
彼女が茉里だ。23歳の大学院生だが、今は休学してSWの『特殊機甲警備部』に所属している。
「はい。【調整】ですね。分かりました」
「ん」そう言って出て行った。

茉里を見送った数分後。巽の手元の内線機が鳴り響き、来客が来た事を告げた。



茉里が向かった先、ドックを眺める事が出来る大きな窓がある調整室には、所狭しと様々な機器類が並ぶ。その機器の中に数人のツナギ姿の作業員がいる。
「主任?来たよー」
常連が店に来た時の様な気軽な挨拶をしながら中へと入っていく。
その声に振り向きながら返事をする青年。
「おぉ~茉里ちゃん来た~。今最終調整のトライアル終わったからさ~、とりあえず調子見ちゃってー」
そう言いながら目の前のやたらごつい椅子を指差しながらHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を渡してくる。
「早かったね。昨日の夕方に調整要請出したから、明日になると思ってたんだけど?」
渡されるHMDを受け取りながら主任に問いかける。
「ん~?何時出動がかかっても良いように整備するのが整備士ってもんだよ~。まぁ、今回はたまたま僕の手が空いてたから手早くやっちゃったんだけどね~」
「はい、座って座って~」と急かされて椅子に座りHMDを装着する。
「モードB、通常稼働で」
「うぃ~、リョーカイ~」なんともゆるい返事の後に制御盤が操作される。
主任が近くのマイクを掴み話しかける。
「んじゃぁ、『スサノオ』スタンバイ、作業してる人~、退避~。危ないかんねぇ~。んじゃ接続開始~」
「調整後のマニューバテスト~、簡単な機動から行ってみよ~。どうぞ~」
ゆるい合図と共に機動テストが開始された。



レイが辿り着いた時刻は午後の1時半頃だった。
しかし到着したにしては神妙な面持ちだ。指定された住所は確かに間違いない。近くの交番で確認もしたし、地図も描いてもらった。
そして辿り着いた先には、
「これが・・・SW・・・なのか?」
視線の先、そこには古ぼけた3階建てのビルがあった。見た目は普通のぼろい雑居ビルで、1階と2階がSWらしい。確かに看板には『SW-ソリッドワークス-』の文字がある。辺りにそれらしき看板も無ければ大きなビル等も無い。
「・・・・・・・・・」
仕方ないのでビルの1階に入る。
入ってすぐ真っ先に受付があった。が、人は居らず、その代わりに紙が貼ってある。
『呼び鈴を押して御用向きをどうぞ』
そんな事が、何故か毛筆で書いてあった。
(うん、達筆だ)
そう思いながら呼び鈴と思しきボタンを押す。ヤル気の無い電子音の後に人の声が応対してきた。
≪あーぃ、SWですぅ。どのような御用向きですかぁ?≫
なんとも気の抜ける、可愛らしい女の子の声。
「・・・佐仲巽さんに会いたいんだが・・・」
≪あぁ~!もしかして高橋レイさんですかぁ~?≫
「はい、そうです」
≪わっかりましたぁw 少し待っててください~。すぐに迎えに行きますからぁ~w≫
底抜けに明るく元気な声だ。
「はぁ・・・」
気の無い返事を返してから待つ事数分。
奥の扉が開く音がしたので視線を移すと、
「あやぁ~、お待たせしましたぁ~w」
そこには、身長約120センチ程の、とても可愛らしいメイド服を着た、髪が膝近くまである、どこからどう見ても8歳~10歳程度の女の子がいた。
「どもぉ~w 案内するメリルといいます~。ヨロシク~>w<ノ」
(ナンダロウ、コノヨウジョハ?)
返事を忘れてそんな事を混乱する頭で考えた。
しかしその女の子はお構いなしに話を進める。
「はいぃ~それじゃぁ行きましょう~w」
レイは手を取られ引っ張られる形になる。
手を握られた瞬間、レイは何かに気付いた。
「もしかして、義体・・・?」
何故そんな疑問が出てきたのか。それすらも分からないが、つい口をついて出てしまっていた。
「およ?どうして分かったですかぁ?」
メリルと自己紹介をした少女は尋ねる。
「・・・あ、いや、どうしてかはわからないが・・・」
「ほふぅ、直感ってヤツですかぁ。スゴイですねぇ@@」
「・・・いや、悪い」
「???・・・いやはや、でも惜しいですねぇ。私は義体じゃないんですよぉ」
(惜しい?)
その疑問の答えを、少女は告げた。
「私のこの身体は『義骸』なんですよ~w」
そう言いながらグイグイと手を引かれる。
少女のその言葉で疑問は解決する。
人間が、事故や何らかの理由で脳と脳髄以外の身体を機械化する事を『義体化』、もしくは『サイボーグ化』と言う。
かわって『義骸』とは、ある一定の水準を超えた人工知能や、アンドロイドが一時的、もしくは恒久的に使用する身体の事を指す。
この少女は人工知能かアンドロイドである為、『義体』ではない。
(成る程。確かにそうだ)
「そうか。なら君はAIなのか?」
「あぃ~。私はナビAIですよぉ~w」
「ナビAI・・・マシンメイルの?あぁ、それなら確かに・・・」
有り得る話だ。ナビAI。正式名称:複合機能ナビゲーションAI。
マシンメイルを操縦する際、オペレーター(操縦者)は複雑な操作を要求される。姿勢制御・バランス調整・火気管制・電装管制・モーションマニューバ等数えればキリがない。それらを補助・代行し、オペレーターの負担を軽減し、操縦に専念させる目的で開発されたAIで、中には過剰な程の高性能AIも存在する。
マシンメイル関係で最高峰のSWなら、義骸を扱えるAIも不思議ではない。
「うにぃ~、行きますよぉ?ちゃんと付いて来てくださいぃ~>3<」
手を引っ張るのに疲れたのかそんな事を言う。
深く考える事を止めて付いて行く。
「あぁ。頼むよ」
「あぃ~w 任せてください~>w<b」
メリルに先導され、レイは自分をスカウトした巽に会いに行く。


メリルに連れられて入ったのは通路の奥。そこには頑丈な扉があり、その先に妙に小奇麗なエレベーターがあった。
「この先に?」
思わず問う。
「この先のぉ、ちょぉ~っと行ったトコ!ですよw」
あまり要領を得ない説明とともにエレベーターに乗り込むと、何も操作していないにも関わらず扉が閉まり、ほんの少しの浮遊感とともに地下へと下りるエレベーター。
どこまで下りるのか、表示が出ていない為分からないが少なくとも地下10階は過ぎている。
長いような短いような。時間感覚が有耶無耶になってしまった。そんな事を思っているとエレベーターが止まる。音も無く扉が開けば、メリルが素早く出て行った。
「はいは~い、コッチですよぉ~w」
促す声はどこか楽しげ。その声に付いて行く。
十二分に広い通路を少しの迷い無く進むメリル。それに付いて行く途中で、幾人かの関係者とすれ違う度に底抜けに明るい挨拶をする少女。
「お疲れ様でっすw」「おや?メリルちゃん。仕事かい?」「あぃ~w案内中なのですb」「そうか。頑張ってね」「うぃw」そんな会話が成り立つのは、この少女が普段から義骸を使用する事が多いからだろうと考える。
案内される内に通路は更に広くなり、扉も大掛かりな物へと変わっていく。
少し進むとその先には更に大きな扉、というより”シャッター”と形容した方が正しく思えるような扉がある。
「うぃ~。この先に、マスターが待ってるですよ。行きましょう~」
返事を待つ事無く歩みを進めるメリル。音も無く開く大扉の先、そこには大規模なスペースがあった。暗い為どれだけのスペースなのか把握しづらい。
レイが中に入るとすぐに大扉は閉まり、それと同時に声が掛けられた。
「ようこそSWへ。そして、ここまでお疲れ様でした」
声のする方へと顔を向ければそこに巽が立っていた。

「少し歩きましょう」
そう言いながら歩き出したのは巽。
その後ろを付いて行くメリルとレイ。
足元だけを照らし出す照明が付いた通路をゆっくりと歩きながら、巽が話を切り出す。
「貴方を選んだ理由。それを説明しなければいけませんね」
「可能性・・・そう言っていた」
レイの呟きに巽が頷きながら続けた。
「そう、可能性。希望と言っても良いです。貴方には一機のMM(マシンメイル)のテストオペレーターを勤めていただきたいのです」
「オペレーター?・・・いや、俺は、」
「あくまでテストオペレーターですからライセンスなどの心配はありません。必要なら費用は社で出しますのでライセンスを取得していただいても構いませんよ?」
「いや、俺はMMを操縦した事が無いんだ」
そんな事を言ったレイに、問題ないと告げたのはメリルだった。
「ダイジョブですよぉ~w MMは大体は感覚で動かせますから~b」
その言葉は真実である。MMの操縦系統には、熟練を必要とする工程はあまり存在しない。それは、第一世代での操縦系統では『マスタースレイブ方式』が主流であったが、現在の第三世代機では『IFS(イメージフラッシュシステム)』が採用されているからだ。※この辺の解説はマジで長いので割愛させていただきますw
「それに、問題の機体はまだ稼働状況に至っていません。機体のOSは問題ないのですが、それを統括する機体側の『統括脳』とナビAIが上手く同調しないのです」
『統括脳』。それは機体内に存在する、”動き”を蓄積し、機体に”動き”の大元の信号を発信するモノで、OSとナビAIがその信号を機体に再現・実現する。この関係を人間の脳で言えば、本能を司る小脳が『統括脳』、左脳・右脳がそれぞれOSとナビAIと言える。これらが上手く同調する事でMMは初めて稼働状態となる。
「それなら、調整士の仕事だろう?俺みたいな半端な整備士の仕事じゃない」
当たり前の反応。確かにそうだ。整備士はあくまで機械体を管理する側で、OSや統括脳等の調整には関与しない。
「えぇ。本来なら・・・そうです。ですが、例の機体の統括脳は量子プロテクトで守られていてアクセス出来ない。何故同調しないのか調べる事すら間々なりません」
話に夢中になっていたので大分歩いた筈だ。巽は通路横のナンバープレートを確認すると、話を一旦区切って振り向いた。
「貴方に任せる機体、それが、『モルトヴィヴァーチェ』。ドイツ語で”超加速の鼓動”を意味します」
その言葉と同時に目の前が一瞬で明るくなる。いきなりの光量に目が眩む。
強く眼を閉じ、うっすらと開いていけば、目の前に現れたのは
「これが・・・?」
おそらく、この機体が『モルトヴィヴァーチェ』だろう。
しかし目の前にある機体はあまりにも”異形”だった。
全体的に尖鋭的なデザインライン。頭部はまるで氷細工のような鋭利さの装甲で覆われ、後頭部に行くに連れて窄まっていく様はあたかも戦闘機のシルエットに酷似している。
肩部装甲は大型の推力装置が内蔵され大型化されている。
そこから伸びる腕部は鋭さを失わない西洋の刀剣のようなシルエット。しかしその腕には、本来ある筈のパイロン(武装等を保持する物)やウェポンゲート(武装を装着する接続孔)が見当たらない。
その横に視線を移せば胸部ユニットへと至る。それもまた異形。
通常、オペレーターは胸の前辺りから搭乗する為、そのルームハッチ(コクピットハッチ)は一枚もしくは2枚の装甲がスライドして開く構造だが、コレはその装甲の分割ラインから見れば複数枚の装甲が複雑に可動して開く事が窺える。
その下の腰部は一般的な機体よりも格段に細く、女性的なラインを形作っていて、その下、股関節ユニットには様式美とさえ言われる分割式のスカート装甲が存在しない。代わりに左右に推力ユニットが接続されている。
今まで細いシルエットにあった機体の脚部は、打って変わったかのように鋭く武骨な物となる。
「バランスが・・・メチャクチャだ・・・」
思わずレイが呟いた。それもその筈。理想とされる重心バランスは上半身が6、下半身が4の割合で、その上半身の首の下辺りが重心バランスの中心となる筈である。
しかしこの機体のバランスはあまりにもバラバラで、肩・頭部・脚部へと重心がずれてしまっている。このまま機動をすれば、上半身は下半身に振り回されてまともには動けないだろう。
これならば機体の統括脳とOS・ナビAIが同調しないのも頷ける。
しかし、意外な言葉が巽から告げられる。
「この機体の重心バランスはこれで良いんです。今が最良でしょう」
その言葉に反論する。
「無理だ・・・これじゃ、まともに走る事だって出来ない」
「うゃ?この子は”走ったりジャンプしたり”しませんよ?」
信じられない言葉だった。まだ理解出来ないでいる。
「この子は飛ぶんですよ~><b カッコイイですよねぇ~」
今、この娘は何と言ったか?
”飛ぶ”。飛翔すると言った。確かに装着されているスラスターやブースターの推力は相当な物だろうが、飛ぶ事は出来ないだろう。せいぜいが長距離跳躍程度。それがどうして飛ぶのか?
「この機体の『調整』は明日からにしましょう。今日は社内を案内して行きたいと思っています」
疑問が、その一言で切り替えられる。
「はゃぁ・・・もしかしてもしかしなくてもメリルはここで撤退ですかぁ?」
これまた何とも気が抜ける声でメリルが問う。
「もしかしなくても、あなたには撤退してもらいます。あなたに案内を任せたら遊技場で何時までも遊ぶでしょう?」
「いやぁ・・・それは無い・・・ですよぉ?」
この時、メリルの眼は泳いでいた。そしてレイは色々と置いてきぼりだった。


第五話 『顔合わせ』



巽がレイに社内を案内している頃、ドックに2台のトレーラーと1台の乗用車が入ってくる。
2台のトレーラーはドックの中央付近で停車し、後ろのウィングドアを展開させる。乗用車は適当に邪魔にならない位置に駐車してエンジンを止めていた。
1台目のトレーラーにはMM専用の『機器』が積まれている。否、これは『機器』などではない。正確には『砲火器』である。それがぎっしりとトレーラーの荷台に納まっている。
もう1台のトレーラーにはMMが寝そべった形で収まっていた。
そのトレーラーの横に車から降りてきた男が近付き声をかける。
「レティ、とりあえずベースに戻って整備班に見てもらっておけ」
寝そべっていたMMの外部拡声器から声が発せられる。
『イエッサー。スナイプをベースに格納します。マスターはこれからどうするんですか?』
レティと呼ばれたのはこの機体のナビAIだ。
そのナビAIの質問に、マスターと呼ばれた男はこれからの事を告げた。
「オレは今から報告。後で見に来るからなー」
『イエッサー。了解です』



「ここで最後ですね。ここが簡易休憩室です。一応の休眠設備や入浴設備もありますので、2~3日くらいなら下宿としても使えますよ」
そう説明しながら巽は振り返り、質問はないかと問うてくる。
「あぁ、今の所はない」
レイはとりあえずそう答えた。本当は質問だらけだったが、
(しかし・・・ココは広いな・・・)
そう。案内されたこの”地下世界”は広かった。最初にいたあのスペースは格納庫で、その他に医務室・食堂・購買・ドック・機動試験スペース・調整室・設備管理室・整備部管理室などなど・・・
質問しようものならまた移動に移動を重ねて現場に行かなければいけない。それは避けたい。
「そうですか。でしたら食堂で一息いれましょうか」
巽なりに気を利かせてくれたらしい一言に頷きながら返す。
「助かる。今は何か飲み物が欲しい」
それを聞いた巽はクスクスと笑いながら
「分かりました。では行きましょう」
そう言いながら歩き出した。

向かった先、目的の食堂には人は数えるほどしかおらず、静かな雰囲気が漂う・・・筈だった。
「オマエ!コノヤロ・・・やりやがったな!?」
「お?お?コレ、いけるんじゃね?」
「やるねぇ・・・良い腕してる」
「いや待てってwまだ勝負はついてねぇってww」
「お?そこで逃げの一手か!?」
「てかwマジありえねぇってw」
「アイテムwキタコレwww」
食堂に備え付けのモニターがある一角、そこには何やら人が集まっていて、これまた何かで盛り上がっている。
「・・・・・・・・・」
その現場を目撃した巽は呆れ半分怒り半分といった様子で、その盛り上がりを見ていた。
レイはとりあえず何も言わずに巽の後ろに控える。
「少し待っていてもらえますか?」
巽はそう言うと、返事も待たずに現場へと向かう。
人の集まりの近くまで近付く。
「何をしているんですか?!」
その声に振り向く人々。
その中心にいる人物は二人で、巽はその二人に見覚えがあり、あまつさえその二人は各々の返事をした。
「おょ?マスターだw 一緒にやりますかぁ?」
「お、巽じゃん。ただいまー」
2人は食堂のモニターで対戦型アクションゲームをしていた。

「・・・まったく・・・」
巽は今日何度目になるか分からない言葉をぼやきながら続ける。
今は巽とレイ、メリルと、メリルと一緒にゲームをしていた男の4人で同じテーブルに着いている。
「メリル!あなたは本当に・・・無邪気にも程があります!」
そう指摘されたメリルは何気に落ち込んでいるようだ。
「それに!晴(ハル)さん!報告もせずにこんな所でゲームに夢中になるとはどういう事ですか!?」
「え~、オレはメリルが一緒にしようって言うから頑張ってただけだぜ?」
「ちょぉ!?晴さんだって『何?コレってマジ面白そうじゃん!』って言ってたじゃないですかぁ!」
メリルが慌てて抗議の声をあげる。
「今はそういう事を言っているワケじゃありません!!メリルは質問された事だけに答えなさい!」
「うぅ~、だってぇ~・・・」
「まぁ落ち着けって。メリルにも悪気があったワケじゃないんだからよー?」
「悪気があったら尚の事質が悪いです!どうしてメリルの周囲の人はこうも甘いんですか!?」
「それは~やっぱり私に、とんでもないくらいの魅力があるからですよぉ!」
「メリルは黙ってなさい!」
さっきからこの調子だ。その調子にレイはついていけずに傍観者になっている。どうすれば良いのかも解らないので黙っていると、食堂の入り口方面から声が掛けられた。
「何ピーチクパーチク言ってんの?通路まで聞こえてたわよ?」
その声にメリルが真っ先に反応した。
「うぅ~。茉里さ~ん。マスターがいじめるの~;;」
「なっ!?またそんな!」
「おぉ~、そっか~、メリル可哀想!そんな可哀想なメリルにはお姉さんが飴をあげよう~」
そう言いながらポケットから飴を取り出す茉里に巽は抗議しようとするが、その抗議は茉里の発言で遮られる。
「わーかってるわよ、巽。どうせソコの馬鹿も一緒になって、なんかやらかしたんでしょ?」
「いや!そりゃないぜ茉里ちゃん!オレはっきり言って被害者だってば!」
「黙れ馬鹿。どうせ報告もまともにしてないんでしょ?そんなヤツの言う事は信用出来ないってば。机の上の報告書も真っ白だったし」
そこに巽が割って入って説明した。
「この2人は!ここでゲームしてたんです!報告も受けてません!」
巽の簡潔な説明に茉里は聞き返す。
「ゲームやってた?あんた達そんな事してたの?そりゃ怒られて当然でしょ?」
「とにかく!メリル!このゲームは没収します!反論は許しません!」
メリルは今にも泣きそうな目で「・・・ぅぃ・・・」と小さく頷いた。
「晴さん!あなたには二日間の休養を予定していましたが、罰として取り消します!良いですね?!」
晴は晴で「まぁ、仕方ないかぁ。分かったよー。リョーカイ」と興味無さ気に返す。
「んで?そのゲームはどうするの?」
茉里が巽に質問する。
「隠したりしてもメリルならすぐに見つけちゃうでしょ?」
そう言われた巽は、至って真面目な顔でこう言った。

「このゲームはSWの商品開発部で商品化するように言っておきます」
その後に続けるように
「そんなに面白いのなら売れるでしょう?」

その言葉に皆が唖然とするばかりで、この時レイは、
(転んでもタダじゃ起きないんだな・・・)などと思っていた。


第六話 『起動実験』


朝、巽に用意された寮を出てレイが出社してくると、真っ先に向かったのは例の機体が収容されている格納庫だった。
『モルトヴィヴァーチェ』。ドイツ語で超加速の鼓動を意味する機体名を冠したこの機体の起動実験を今日から開始する。
レイはタラップから機体を見回す。
良く見れば、この機体の特異性がはっきりとしてくる。
フレームは代表的なセイレム式(社名から。数多くのフレーム設計を手掛けている為、設計思想が似ている物でもこの名称で呼ばれる。)でもなければ他のどんな系統とも違う事が分かる。もしかしたらSW独自の開発機なのかもしれない。
「おはようございます」
レイが機体を眺めていると、後ろから挨拶があった。
「あぁ、おはよう」
振り向き、挨拶を返せばそこには巽がいた。
「今日から貴方には色々と実験してもらう事になります。9時から実験を行いますので、それまでは自由に社内でくつろいでいてください」
今日の仕事内容を説明する巽に、レイは返事と質問を返す。
「分かった。・・・君は起動実験に同行するのか?」
聞かれた巽は残念そうな素振りを見せ答える。
「いいえ。残念ですが・・・。色々と仕事が溜まっていますから。まずはそっちを片付けてからになります」
そうか。と呟くレイに巽は続ける。
「サポートとしてメリルを付けます。分からない事は他の人に聞けば良いでしょう」
「メリルを?・・・」
昨日のアレを見ていたので不安がよぎるレイに、巽が付け加えるように言った。
「大丈夫ですよ。メリルはあんな感じですが、MMに関係する事なら真面目ですから」



時刻は後10分程で9時になろうとしていた。
レイは適当に時間を潰した後、少し早めに機動試験スペースに来て、その先に例の機体が輸送パレットで搬送されているのを確認した。
その足元には様々な機器類が設置され、その周りで10人程が作業している。
『あ、来ましたねぇ~w 今日からヨロシクです>w<』
メリルの声が聞こえ、姿を探すレイは、しかしメリルの姿を確認出来ない。
『やだなぁw ココですよぅココw』
その声の発生源を探す。発生源は例の機体の後ろ、レイの位置からは見えにくい位置にもう1機のMMを確認する。機体色が橙色の、西洋甲冑を思わせる機体がそこにある。
「その機体がメリルの”本体”か?」
そう聞くレイに、メリルが制御していると思しき機体から返事が来る。
『そうですよ~。この子と私がレイさんをサポートします』
良く見ればその機体とモルトは様々なケーブルで接続されている。
「そうか、起動する際の物理演算や実行管制を何割か肩代わりするのか」
レイが呟くと、橙色の機体が付け加える。
『今日はセーフモードでの実験になりますよw 一応、機体に乗り込んでもらう事になるので、万が一の時は私が抑止力として機能します』
「まぁ~、暴走とかそんな事は無いと思うけどね~」
メリルとの会話に割って入る形で、そんな声が聞こえた。
その声のする方を見れば、そこにはツナギ姿の人物。
「ども~。整備班主任の山口でーす。よろしくね」

山口主任が言うには、「統括脳へのアクセスが出来ないって事は、逆を返せば統括脳側からの指令がOSに行ってない可能性が高いんだよ。プロセス間での意思疎通?みたいなのがとれてないんだと思うんだよね~。だから今回はメリルちゃんを”仲介役”として解析・バイパスしてもらって一応の待機状態までもっていこうってワケ~」
真面目感の無い説明。しかし確かにその可能性が高い事も事実で、他の実稼働にある機体を仲介する手法は堅実だ。
「では、俺は乗り込むだけで良いのか?」
その質問に
「そだね~。とりあえずは機体に馴染んでもらうってカンジかなぁ?」
その後に付け加える。
「大丈夫だよ。専用装備が付いてないから。ナタラージャに手を借りなくても、コッチ側で十分に対処可能だし~」
そして皆に聞こえるように言った。
「んじゃぁ、起動実験、始めようか~。レイ君はとりあえず乗って~」
起動実験が開始された。

86式オペレータースーツを着てオペレータールームに着座する。基本的な電源は生きているようで、着座直後に腕や脚、腰周りが固定される。窮屈かと問われれば窮屈では無いが、さりとて快適でも無い。
少し待っていると、ISD(網膜投影)で様々な情報が浮かび上がってくる。
≪オペレーターの着座を確認。本機の統括情報を検索、ナタラージャにより代行、完了。登録オペレーターの該当無し、一時的な代行と認識、仮登録実行、スキャンを開始。統括脳との同期を実行、失敗、再実行、失敗、再実行、失敗、同期作業を一時保留。ナビゲーションAIとの連携を実行、アクセス拒否により失敗、再実行、失敗、再実行、失敗、ナビゲーションAIとの連携を一時保留。ナタラージャにより問題の解析を代理実行、解析中・・・・・・≫
時間にして0.5秒ほどしか経っていない。レイはログを見ながら推測を立てる。
(統括脳の問題は分かっていたが・・・。ナビAIまでアクセスを拒否するのは何故だ?)
そんな事を考えていると、OSからメッセージが入る。
≪スキャンを完了。仮登録を終了します。現在問題の解析を代理実行中・・・≫
しばらく待っていると、メッセージが入った。OSからのメッセージでもなく、さりとてメリルからでもない。
分からないままメッセージを開いても良いものか分からなかったのでメリルにその事を聞く。
「メリル、聞こえているか?」
『あぃあぃ。聞こえていますよ~』
「今、変なメッセージがきているんだが・・・開いても良いのか?」
その言葉にメリルは意外な反応を見せた。
『はぇ?システムはモニタリングしてますけど、メッセージなんてありませんよ?』
『それは今までに無かった事だね~』
主任からも通信音声が入ってくる。
「今までに無い?しかし、確かにメッセージはあるが・・・」
レイがそう言うと、メリルと主任はいぶかしみながら状況を整理する。
『モニタリングには何にも。メッセージのログは、OSからのスキャン完了だけです』
『メリルちゃんでも分からないの?・・・何だろう?コッチでもスキャンしたけど、ログにも無いし痕跡すら見当たらないんだよね~』
勝手な事は出来ないので待機するレイに、メリルと主任は同じ事を言う。
『とりあえず~、開いてみたら良いんじゃないですか~?』
『とりあえず開いちゃって~』
そんな決定で良いのか?と思うレイだったが、確かにメリルと主任に確認する術が無い以上はレイが確認するしかない。
「了解した。今から開く」
そう言って問題のメッセージを開く。
そこには、

≪汝、無限の扉を開く者。なれば汝、旧支配者にも等しき力、その手中に在り。我は問う。汝、我に等しき主なれば、その力にて何を為し得る者か≫

読み上げた時、レイは不思議な感覚に襲われた。


第七話 『目覚めの問い』


ココはどこだろう?まるで現実感など無い不思議な空間。
時折、光が幾何学的な軌跡で複雑に飛び回る、そんな場所。

(ココハ・・・ナニカナツカシイ・・・)

己の姿は無く、ただ靄のような影が、自分なのだと理解する。
ココは何処で、自分は一体何のためにココに存在するのか、分からない事だらけだったが不思議と不安でもなく。
(コノサキニ・・・アレガアル・・・)
何故そんな事が分かるのか自分でも分からない。ただ知っている。それだけだった。
レイは、その空間を”飛ぶ”でも無く、”歩く”でも無く、”漂う”ように移動する。
漂うように移動する先、何も無かった筈の空間に光が集まり何かを形作る。
その形は人。性別など分かりはしない、ただひたすらに”人”を象徴している。その”人”の象徴は喋りだす。

≪アナタガ資格アルモノカ。ワタシハ眠ッテイタガ、アレガ定メタノデアレバ、受ケ入レネバナラナイ≫

レイはただその声を聞く事だけに専念する。

≪タダ。一ツダケアナタニ問ウ。アナタハ、チカラヲソノ手ニ収メルコトニナル。ソノ時、アナタハ何ガ為ニチカラヲ振ルウノカ?≫

その問いに、レイは漠然と考えた。自分はただ、頼まれてアレに乗った。ただそれだけだ。そこに力を求める理由など無く、その力を振るう事も無い筈だ。
ならばどう答えるべきか。
しかし答えなど見出せる筈も無く、ただ考えて。しかし考える事を止めた。
(俺は・・・)
その先の言葉が、口をついて出ていた。

『オレハ・・・―――――――。』

その声に”人”は、

≪了承シタ。ナラバソノ為ニチカラヲ貸ソウ≫

≪ダガ、ワタシニモ時間ガヒツヨウダ。モウ少シマテ≫

そう語り掛けられて、レイの意識は途絶えた。



何か・・・話し声が聞こえる。何人かいるのだろう、話し声は複数。
「もう大丈夫さね。体に異常は無いから心配する事も無いさ」
誰かがそう言う。
「ほら。バイタルは安定してるし、それに・・・」
「・・・ん・・・ぁぁ・・・」
「今、意識が戻ったさね。まぁ・・・」
「レイさん?!大丈夫ですか!?」
「こらバカ。さっきまで意識が無かった人間にそんな大声で話し掛けるんじゃないよ。それに今のは寝言みたいなもんさ」
「で・・・でも・・・!」
「だからぁ、大丈夫だってのさ。ワタシが診たんだよ?身体的にも脳波にも異常は見られなかったんだ」
そう言いながら胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。
紫煙を吐き出しながら椅子に座った。
「まったく・・・まるで彼氏が怪我でもしたみたいなカンジだねぇ。なんだい?アンタ、コイツの事好きなのかい?」
「えっ?!な・・・何言ってるんですか!?」
またうろたえる。
「あっははは!アンタ、面白いねぇ。まったくカワイイよアンタは」
「~~~~~~!」
「ま、今日のトコは安静にしとくのが無難だねぇ。ほら、アンタも。まだ仕事が残ってんだろ?」
「ですが・・・!」
「ワタシが診てるから大丈夫だよ。それとも何かい?ワタシじゃ任せられないってのかい?」
どこか意地悪く言われる。
「・・・分かりました。後はお任せします・・・」
「あいよ~。任されたさ」



ココは整備部の管理室、その中のデスクに主任が掛けている。
そのデスクのPCのモニターにはデフォルメ姿のメリルもいる。
「しっかし、驚いたねぇ~」
その一言にモニターの中のメリルが返事をした。
『ですよね~。まさか一回目の起動実験で・・・』
「そう!まさかまさかの結果だったね~。本当に」
『吃驚ですよ~。統括脳がアクセスを一部受け入れたんですからぁ』
そう。あの実験の途中、OSのアクセスに、統括脳が限定的ながらも反応したのだ。今までの結果から言えば一番の成果と言える。
しかし、その実験途中でレイが気を失った為、実験は中断。今は医務室で安静にしている。
「次の実験じゃ、どれくらいの成果が出るのか楽しみでもあるね」
そう話す主任に、メリルは
『ナーシャちゃんが起きるのも間近ってカンジですねぇ~』
楽しそうに返事を返した。



「あ~・・・。明日は”仕事”ね・・・」
そんな事を呟きながらデスクワークをしているのは茉里だ。
「お?何?明日は”お出掛け”なの?」
呟きが聞こえたのだろう、晴が聞いてきた。
「そーよ、”仕事”。ちょっと憂鬱だわ・・・」
素直な感想を漏らす。
「んで?”現場”と”種類”は?」
「まぁ、詳しくは機密だから言えないけど・・・。アジアで警備よ」
「ふーん・・・」
会話は終わり静かになる。そこに巽が戻ってきた。顔から察するに少し不機嫌なのだろう。眉根が少しだけ寄っている。
静寂が流れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・んで」
まず声を出したのは晴。
「モルトの方はどうだった?」
その質問に巽は結果だけを答える。
「実験としては・・・統括脳が一部アクセスを受け入れました」
「ふぅーん・・・」
晴も雰囲気を読んだのか、それ以上は聞かなかった。
そんな雰囲気を意に介さず巽は茉里に話しかける。
「茉里さんは、明日出動でしたね。準備は済みましたか?」
「済んでるわよ。後は現場に向かうだけ」
「そうですか。明日は頼みますね」
「大丈夫よ・・・。結構簡単な警備みたいだし」
そう答えた。


第八話 『職務』


「時差ボケにも大分慣れたなぁー・・・」
そう言いながら茉里はアジアの某所にいた。
隣にはトレーラーが1台。その反対側には現地の政府施設。
「まぁとりあえず・・・準備しときましょうか」
茉里はトレーラーに振り返り、
「”ヒメ”。とりあえず出て来て」
声を掛ける。するとトレーラーの中から声が返ってくる。
『諒解した。今、この駕籠(かご)から出よう。少し待て』
なんとも時代錯誤な雰囲気が漂う口調。その声が聞こえて間もなくトレーラーはウィングドアを展開させる。
その中にはMMが納まっている。ウィングドアが完全に開ききると中のMMが起動して、ひとりでにトレーラーから降りた。
『ふむ・・・此処はまた、何処の異国だ?主よ』
MMのナビAIが尋ねる。
「ココはアジアよ。それにしても・・・今日は一段とお喋りね?ヒメ」
『ん?それは違うぞ主。妾はただ、此処が何処なのか気に掛かっただけだ』
ヒメと呼ばれるナビAIは事も無げに返す。
「そっか。それじゃEPRレーダーで全周警戒お願い。一応乗機姿勢でね?」
『諒解した。しかし主よ、今回はどんな職務内容なのだ?』
MMのレーダーをパッシブからアクティブに切り替えながらヒメが問う。
「今回は簡単な警護よ。多分”敵”も大した事ないわ』

この”仕事”の内容はこうだ。
『某国の政府高官がテロの標的になっている。そのテロを未然に、もしくは水際で阻止して欲しい』と依頼があったのだ。
巽が独自の情報網で調べ上げた結果、テロ計画は確かに存在し、しかしそのグループが小規模なモノである事が判明した為に茉里が派遣された。
目的は1つ、敵対行為を行う者をこの施設に近づけない。ただし、警告を無視ないし聞き入れない者には『情けなど不要』との事。
もちろんそんな騒動が無い方が一番に決まっているが、警戒はしなければいけない。
「まぁ・・・何も無い方が良いわよね・・・」
茉里はそう呟いて本を読みだした。



「作戦は今日、時刻は00時。この時の為にオレたちは耐えてきた」
リーダー格の初老が簡単に説明をしている。
「あのクソヤロウを始末すれば、オレたちの主張が正しいと世間は受け入れるだろう」
「そうだ!その為にオレたちは最強の武器を手に入れたんだ!」
「あのクソヤロウが警備を雇っても、オレたちにはMMがあるからな!」
はてさて、あの政府高官は、どうしてここまで嫌われたのだろうか?
しかしテロの犯人達にとっては関係の無いことだろう。
彼らにとっては、”あの高官を抹殺すれば、自分達が正しい”と信じているからだ。
「MMが3機もあれば、絶対に成功する!」
それが彼らの最大の自信だった。



さて、夜の帳が下りて大分経った頃。時刻は11時半を過ぎていた。
施設内で仮眠をとっていた茉里は、何か言い知れない寒気で起きた。
「・・・?・・・」
周囲の音を注意深く聞いてみたが異常はない。
しかし、あの寒気を無視できなかった茉里は自分の愛機の所へと向かった。

『どうした?主よ。今の所は異常は無かったと思うが?』
ヒメが、外に出て来た茉里に現状を簡潔に説明する。
「ヒメ・・・」
茉里は重苦しげに続ける。
「多分・・・来るわよ」
その雰囲気を感じ取ったのか、ヒメは慎重に尋ねる。
『それは、今回、この件の不届き者か?それとも主が追っている者の事か?』
「分からない・・・でも、嫌な予感・・・みたいなモノがあるのよ」
確証が持てない直感。しかしヒメは
『直感と云うモノか。ならば妾は主の主張を信じよう』
そう告げた。

『主、動きがあったぞ。妾から見て10時方向に熱源を感知。距離4000、機数は3』
時刻は11時50分。
「来た・・・か。迎撃するわ」
そう茉里が伝えると、MMが腕を地面に突け、
『ならば乗るが良い。妾と主、そしてこの”スサノオ”なら、敵など如何様にも切り伏せられよう』
「そうね。私にこんな嫌な寒気をくれちゃったんだし」

「手加減なんてしないわ」

茉里はそう言って愛機”スサノオ”に乗り込んだ。

乗り込んだスサノオは既に戦闘待機状態にあった。
リアクター出力は臨界運転時の9割程で安定している。
機体パラメーターも至って正常、何時でも全力で戦える。
「敵機付近まで一気に近付く。”フレミングアーマー”パッシブからアクティブに設定、ECSで敵機の電装系撹乱して」
「跳ぶわ」
そう告げれば取る行動は速い。膠着姿勢のまま前傾姿勢を取る。
脚部にエネルギーが送り込まれ、人工液体筋チューブが力を蓄え、超電磁シリンダーからは紫電が奔る。開放。
開放された様々な力はフレームを伝って、足裏が地面に爪を立てる。
地面は急な力の一点集中に耐え切れず罅割れ、爆ぜた。
その爆ぜた地面の周りにスサノオの姿は無く。はるか先に跳躍していた。

1回の跳躍で跳んだ距離はおよそ80メートルにも及ぶ。その跳躍速度は計測値でおよそ時速400キロ。着地の衝撃で地面は揺れ、大気は鳴く。
敵機との距離、およそ300メートル。
このまま一気に攻め走る。

『何だ?!今の振動感知は?!』
先に焦ったのはリーダー格の初老だった。
『分からない!振動は感知したが、レーダーには感無し!』
『とりあえず警戒だ!全機全周警戒!』
3機は密集して防御体勢を整えた。
『あのクソヤロウが雇った護衛か!?』
『分からん!だが気を抜くな!!』
”スサノオ”が近付いて来る。

「抜刀!!」
叫びながら左側腰のパイロンに接続されているスパイド(MMサイズの実剣。スサノオの場合は日本刀型)を抜き放つ。奔る銀弧が一筋。右溜めの下段に構え、敵3機に走り寄る。
まずは1機目。急な襲撃に対処出来ていない機体だ。敵機の左後方から近寄り、一刀を繰り出す。右下段からの逆袈裟。手応え有り。敵機は左脚部と左腕を断ち切られていた。
『あぁぁあぁ!』
敵機オペレーターの驚きの叫び声が外部拡声器から聞こえる。
スサノオはスパイドをそのままの勢いで左真横に構え、左からの水平斬りを繰り出す。手応え有り。刀身は敵機の胴を薙いで両断した。
正に電光石火の攻撃。
MMの残骸が放つ紫電に照らされて、薄墨で描かれたかのような漆黒の機体が浮かび上がる。
鍛え抜かれた日本刀を思わせる、流麗にして鋭いフォルムが残り2機の敵機を威圧する。

「さぁ、掛かって来なさい。この”スサノオ”が相手してあげる」

圧倒的な『暴風』が其処に立っていた。


第八話 『職務』(後編)


テログループのリーダー格の初老は理解できないでいた。
何だアレは?自分は今まで多くのMM戦を見てきた。見てきた筈だ。
だが、アレは『速すぎる』。常人ならば扱えない程の機動速度。
一体何が起きているのか?アレは何だ?
初老の混乱は頂点に達し、しかし急速に、とある一つの噂へと辿り着く。
「アレは・・・もしかして『神機』なのか?!」
噂でしかなかった筈。”千機の敵を意に介さない程の戦闘力”などある筈が無い。
しかし、その問いの答えは意外にも、向こうから告げられた。
『そう。この”スサノオ”は紛れも無い”神機”よ』
漆黒の機体、『スサノオ』は、そう告げると次の行動へと移る。
スパイドを左の腰溜めに構え、体勢を低く取っている。
「く、来るぞ!!撃て!撃て!!」
敵は1機、こちらは2機だ。落ち着け、さっきは不意打ちで被害が出たが、落ち着いて対処出来れば倒せない敵ではない。
2機のMMが持っている銃砲がスサノオに向けられ、65ミリの砲弾が唸りを上げて飛んでいく。命中。確実に当たった。ひとたまりも無い筈だ。
だが――

『一つ聞く。そのMMはどうやって手に入れたの?』

漆黒の機体の装甲は傷一つ無く、無傷だった。



スサノオに無数の砲弾が向かってくる。
どの砲弾も、当たれば深刻なダメージになりかねない威力を秘めた物だったが、スサノオは回避行動を取る事は無かった。
「フレミングアーマー」
茉里が小さく呟く。
その刹那、スサノオのリアクターから膨大なエネルギーが全身に送られ、全身の装甲が帯電し紫電を放つ。
命中。されど、砲弾は装甲を叩く事無く弾かれる。まるで”砲弾が自分でスサノオをかわした”かのように。

フレミングアーマー。別名を『絶対防御装甲』と言う。装甲にフレミングの法則を応用して、膨大なエネルギー消費と引き換えに、絶対的なまでの防御能力を付加する技術。そして、MMには実装が不可能と言われた技術。

茉里は答える気など無い事を承知で問うた。
「一つ聞く。そのMMはどうやって手に入れたの?」
問いをその場に置いてスサノオは姿勢低く地を蹴る。
「伏臥」
蹴りつけられた地面は抉れ、スサノオは弾かれたように加速する。
狙うは左側の機体。瞬く間に距離を詰める。
左に構えたスパイドが風を斬り、閃光となって敵機の持つライフルを断ち斬った。敵機は対処出来ず、ただうろたえるばかり。
スサノオは左の逆袈裟の斬撃で右上に斬り上げた刀身を手首一つで返し、唐竹斬りと成す。
「フッ!」短い呼気と共に打ち下ろされたスパイドは敵機の頭部を断ち、上半身半ばまで喰い込んだ。オペレータールームの第四装甲まで斬りつけられた敵機は戦闘など出来る筈も無い。スパイドを引き抜く。

残り1機。



「うぅっ!あぁああぁぁ!!!」
初老が操る機体がスサノオに銃砲を向ける。
それを予測していたスサノオは、先程斬りつけ無力化した残骸を左脚で思い切り蹴りつける。
銃砲が砲弾を吐き出す前に、蹴りつけた反動を味方につけたスサノオは一瞬にして回避。スサノオがいた位置を砲弾が数発通過する。初老はそのまま銃砲を左に向けながら撃つ。迫る砲弾を、大きく迂回するようにかわしながら接近する。
初老の乗る機体がスサノオの間合いに入る。
「はぁぁっ!」
担ぎ構えの体勢から、覇気と共にスパイドを打ち下ろす。スパイドは初老の機体の左腕を捕らえ断ち斬り、勢いそのままに左膝を”送る”。スサノオは急激な右旋回を一瞬で実行し、回転速度を乗せたスパイドが敵機を右脇から左肩に通過する形で断ち斬った。
無力化した”残骸”を見下ろし、茉里は問う。
「ちゃんと生きてるでしょ?答えなさい。このMMはどうやって手に入れたの?」
問われた残骸のオペレーターハッチが鈍い音とともに開く。
中から顔を出したのは初老。初老は疲れきった顔つきで叫んだ。
「オマエは何だ!?何故我々の邪魔をする?!」
「ただの依頼よ。それより私の質問に答えなさい!」
「邪魔をするな!!ヤツさえ殺せば我々は―」
話を聞かない初老に苛ついた茉里は残骸を蹴りつける。
ガシャッ!と重い音を響かせ揺れる残骸に、初老は慌てる。
その慌てる初老にスパイドを突きつけながら茉里は怒気を込めて再度問う。
「コレは警告。次はアンタが挽肉になるわよ・・・」
初老の顔は恐怖に染まり、命乞いをしている。
「殺されたくなかったら答えなさい。MMを何処から手に入れた?!」
その時、スサノオのナビAIが警告を告げた。
『主!照準警報!何者かが狙っておる!緊急回避!』
「なっ?!」
告げられる言葉を理解する前にスサノオは自動回避を実行し、後ろへと飛び退く。
その刹那、スサノオがいた位置を砲弾が通過し、次弾が初老ごと残骸を屑へと変えた。
『流石だねぇ!かわしたよ!流石は神機!神機の名は伊達じゃないねぇ!』
回避機動後、着地したスサノオに、何者かが語りかけてきた。
『アハハハ!!そんな雑魚なんて相手にならないよねぇ!流石は姉さんだ。良い手駒を持ってるよ』
その声に、茉里は聞き覚えがある。否、忘れる筈も無い、そんな事は有り得ない。
「!貴様ァァァァアァアア!!!!」
『主!?』
茉里が駆るスサノオが、猛烈な勢いで地を蹴り加速する。目指すは砲撃があった方向。
『良いね!良いよ君!特別に相手してあげるよ!!』
その声を発する機体が姿を現し、向かってくるスサノオに対峙する。
その機体もまた漆黒。しかし、薄墨で描かれたようなスサノオに対し、この機体は禍々しいまでの黒。まるで混沌を思わせるような黒の機体は右手に西洋剣型のスパイドを構えた。

「ァァァアアアアアアアア!!!!」
怒声と共に接近したスサノオは、渾身の力を込めて右の担ぎ構えからの打ち下ろしを放つ。
その一撃を意に介さず受け止める黒の機体。
『良いよ良いよ!躊躇がないね!僕を殺す気だぁ!』
受け止めたスパイドを弾く。しかしスサノオの連撃が襲い来る。
「ハァァアア!!」
胸を突き、腕を払い、袈裟に打ち下ろし、逆袈裟に斬り上げ、胴を薙ぎ、脚を狙う。そのどれもが渾身の一撃。一呼吸の間に繰り出される斬撃。刀身の物打ちが捕らえるべき敵機は、しかし全ての斬撃を容易く捌く。
『速いね!速くて良いよ!』
『今度は僕の番だね!』
そう告げる黒の機体が、スパイドを正眼に近い構えを見せる。
黒の機体が地を蹴り突進、その刹那で正面からの打ち下ろしをスサノオは防ぐ。ギリギリと、音と火花を散らすスパイドを払えば次に来たのは右上からの打ち下ろし。寸での所でかわし体勢を立て直す前に追撃が迫る。突き。半身をずらして対処する。
『楽しいねぇ!強い相手は好きだよ?!』
その言葉に怒声で返す。
「私は!貴様を殺すっ!!!」
殺気でしかない言葉に、黒の機体のオペレーターは答える。
『アハハハ!良いよ?殺せるなら殺してみてよ!でもね』
一呼吸の間を作って
『残念、もう時間だ。君と遊べて楽しかったよ!』
そう言うとスサノオが無力化した、残りの残骸2機に『砲』を向け、無造作に撃つ。砲弾は残骸に当たり、残骸を屑へと変える。
『次は僕を殺せると良いね?じゃあまたね!』
そう告げ、滲むインクのように姿を消す黒の機体。
「光学迷彩!待てっ・・・!」
『楽しかったよ!』
黒の機体が完全に消え、茉里は屑が燃える戦場跡に取り残されて。
未だ精神を支配する怒りに、

「ッ――――――――――!!!!」

声にならない咆哮をあげた。


第九話 『再起動』


先日、巽はレイにこのまま実験を続けるかを聞くと、レイは迷いも無く続ける事を告げた。
今日からまた実験が再開される。その頃、茉里は仕事で、明日帰って来るそうだ。
昼食にはまだ早い10時頃、レイは巽と共に機動試験スペースに来ていた。
「どうか、無理だけはしないで下さい」
そう心配そうに告げる巽に、レイは
「多分・・・大丈夫だ」
とだけ答えてモルトに近付く。
レイには何か言い知れない安心感があり、不思議とモルトを怖がってはいない。
『ではぁー、今から起動実験始めます~』
メリルからの気が抜けるような声が開始を告げる。巽はその様子を少し離れた位置から見守った。

モルトに乗り込んで、真っ先に感じた事があった。
(・・・落ち着く・・・)
まだ2回しか乗っていない機体でなぜ落ち着くのかも分からないが、不思議と嫌でない事は確かだ。そこに主任から音声通信が入る。
『はいはーい、気分が悪くなったらすぐ言ってね~』
「分かりました。無理はしない」
そう答えてから機体を起動させるようにメリルに告げた。
『あぃさ~。起動しま~す』
気の抜ける合図で実験が開始される。
機体にエネルギーが流れ込み、まずOSが起動する。
ISDが視神経に直接情報を流す。
≪オペレーターの着座を確認。本機の統括情報を検索、ナタラージャにより代行、完了。登録オペレーターの該当有り、高橋レイと認識、仮登録。統括脳との同期を実行、一部アクセスに成功、一部同調に成功、継続実行。ナビゲーションAIとの連携を実行、一部連携に成功、一部アクセスに成功、ナビゲーションAIよりメッセージ。回答権をオペレーターに譲渡します。ナタラージャにより統括脳との一部アクセス制限問題を解析、代理実行解析中・・・・・・≫
「ナビAIからメッセージ?」
不思議に思いメッセージを開いてしまう。その内容は、
≪私の名前はナーシャ。以前の答えを望み、実行しますか? Yes or No ?≫
その問いに、レイは迷う事無く答えた。

「ナーシャ。回答は、イエス、だ」

そう答えた時、ナビAIからの返答が浮かび上がった。
≪音声入力により回答を確認、了承しました。現時刻から『高橋レイ』を正式にオペレーターと認識、確定。統括脳との同期リンクを開始、成功。統括脳に貴方の名前が正式登録されました。統括脳活性化、アクセス制限解除申請、受領・解除されました。統括脳とOSの同調開始、正常に同調中、70、80、90、100%。完全同調成功。続いてナビゲーションAIとの同調を開始。成功。続いて機体各部との同調を開始、一部異常有り、専用兵装が接続されていません。オペレーターに接続要請。頭部・胸部・腕部・腰部・股関節部・脚部、全て正常。エレメントリアクター正常。エレメントリアクター起動します。リアクター出力安定。各エネルギーバイパス正常値・・・≫
この時、初めて『モルトヴィヴァーチェ』は覚醒した。

『お?ふぉぉぉ!?』
「え?マジで?!」
慌てるメリルと主任。その様子から異常が発生したと思われた。
「どうしたんですか?!何か危険な事でも―――」
慌てて主任のもとに駆け寄る巽が、モニターを凝視する。
『おぉ~!起動!起動してますよぉ!マスター!』
そのメリルの言葉通り、モニターの各パラメーターの数値がモルトの活性化を示している。
「うそ・・・こんな、短時間で?!」
驚く巽。しかし現に、モルトは自機のみで起動している。
モルトのリアクターが更に甲高い唸りを上げてエネルギーを捻り出す。
測定値は既に9000kwに達している。そこにモルトから通信が入った。
『ナビAIが、専用兵装の接続を要求しているんだが・・・』
その声にその場にいた皆が歓声を上げた。


第十話 『学習』


モルトが初めて起動したあの後は、簡単な『歩く』などの機動テストをし、モルトは何の問題も無くテストを終了させた。問題の専用兵装は現在開発中で、今は何も装備していなかったが、近い内に間に合わせではあるがテスト兵装が作られる運びになっていた。
そんな色々な事があった翌日の朝、レイは巽に意外な事を聞かされた。
「モルトのナビAIのナーシャですが、起動したばかりで殆ど『経験』と言うモノが有りません」
その言葉にレイが疑問形で返す。
「経験?」
「そうです。経験です。MMを扱う基本的な技能は有りますが、ナーシャはまだ他の大事な経験が無いんです」
そんな事を言われた。
「大事な経験とは?」
「あー・・・何と言えば・・・言葉で説明するのは難しいですね・・・」
珍しく言い淀む巽に疑問を感じていると、メリルが入り口から声を掛けて来た。
「マスター、言われた通りにしました~」
それを聞いた巽が『いいタイミングで来ましたね』とメリルを呼ぶ。
しかし呼ばれたメリルは中に入って来ずにその場で返事を返した。
「んやぁ・・・それはちょっと難しいです~><; 嫌がってますよぉ」
「・・・そうですか。クセが強いようですね・・・」
ため息と共にレイに顔を向けると
「だそうです。恐らくはメリルと貴方にしか無理なんでしょうね・・・」
レイは何が何だか分からない顔。
「これから何日かは、モルトの機動試験は延期します。その間―」
一呼吸の間を空けて
「彼女と一緒にいてあげてください」
ワケが分からずに聞き返す。
「彼女?」
それを聞いた巽は黙って入り口を指差す。意味も分からずに指された入り口まで行くとメリルがいる。メリルは『あはは・・・』と乾いた笑い。
良く見れば、メリルの後ろに見た事のない女の子が隠れるように立っていた。
その女の子の名前は『ナーシャ』だった。

(今、俺は、周りから見てどう映っているのだろう?)
レイはそんな事を真剣に考えていた。何故そんな事を考えてしまうのかというと、その答えはすぐ傍にいた。
ナーシャである。何処からどう見ても小さな女の子。髪を右と左で纏めて結い上げているのが印象的で、パッチリと大きな、少しツリ目の可愛い子である。
そのナーシャは今、レイの手を『ガッシィィ~』と握っている。そして、その女の子が着ている服が、何故かチャイナ服だった。

(・・・むぅ・・・)
始まりはメリルの後ろに隠れていたナーシャに、メリルが『ナーシャちゃんのマスターの、レイさんだよ~』と告げた時からだ。
それを聞いたナーシャは、おっかなびっくりな様子でメリルの後ろからレイの事を窺い、恐る恐る近寄ってきて手を『ガッシィィ~』と握られた。時折チラチラと上目遣いでこちらを見る姿は小動物を思わせる。
(このままってのも・・・)
ダメな気がする。子供の扱いには全くと言っても良いくらい自信が無かったが、何とかコミュニケーションをとってみる。
「あー・・・ナーシャ・・・?」
その呼びかけに、何故か今にも泣き出しそうな目で見詰められる。
「あ、その・・・な?」
泣きそうである。この上なく泣きそうである。目尻にうっすらと涙まで。
「あっ、ほ、ほら!怒ってるとかじゃなくて・・・」
そう言い繕い、ナーシャの頭を撫でながら
「何かやってみたい事とか・・・ないか?」
そう尋ねられたナーシャは、泣きそうな顔で少しだけ笑ってみせた。

(・・・・・・・・・どう言う事だ・・・?)
ナーシャは頭を撫でられてから、レイに懐いてくれたようだった・・・が。
(何故こうなった・・・?)
今、ナーシャは隣にいない。そう、隣には。
どういう訳か、背中にくっついている。傍から見れば(見てなくても)おんぶしている。レイが『降りろ』と言えば言う事を聞くのだろうが、
(あんな幸せそうな顔みせられたら・・・な)
背中に負ぶさったナーシャは微笑み全開だ。ロリコンがその笑顔を見れば、即座に誘拐を企てる。それくらい愛らしい笑顔だった。
レイはナーシャをおぶったまま社内を移動し、ある場所を目指す。その場所とは、
「着いた。ナーシャ?」
話しかけられたナーシャは不思議そうな顔でレイを見る。
「ここが娯楽室だ。とりあえずここで遊んでみるのも良いだろう」
いまいち理解していない顔のナーシャを背に娯楽室に入れば、そこには様々な”娯楽”がある。
アーケードタイプのゲーム機があればビリヤードやダーツなど、一歩中に入ればそこはゲームセンターだ。
ナーシャをおぶったまま中を歩いていると、興味を引く物があったようにナーシャが背から滑り降りる。トコトコと向かう先、そこには時代が変わっても一定のユーザーに人気の『テトリス』。
テトリスの台にかじりつくように画面を見るナーシャに、レイが話しかける。
「やってみるか?」
その言葉に、何かを考えた後、コクリと頷くナーシャを椅子に座らせて台のID読み取り機にIDをかざす。すると台の画面がスタート画面に切り替わった。興味津々といったナーシャにやり方を教えると、すぐに覚えたようで、黙々とゲームを始めた。

ナーシャがゲームを始めてから5分ほど経った頃。娯楽室にフラリと現れたのは晴だった。「いよーぅ」と声をかけながら隣まで歩いてくる。
「何してんだ?こんな所で」
その問い掛けにレイは曖昧に答える。
「いや・・・ナーシャの経験が足りない・・・とか言われて。今はナーシャが興味を持った事をやらせている」
「あ~、アレだろ?『学習』だなそりゃぁ」
その言葉に疑問形で返す。
「学習?」
「そう。学習だ。特に珍しい事でもないんだコレが」
「そうなのか?」
「おう。コイツはモルトのナビAIだろ?まだ一度も起動してないAIってのはな、人間の赤子と大差ねぇワケよ」
晴はナーシャをちらりと見ながら続ける。
「オペレーターや、他の人間と円滑な意思疎通をとる事が最初の課題ってトコだな」
「そう言う事だったのか」
レイは疑問が腑に落ちた顔。
「ナビAIってのは常に最新のバージョンになるからな。普通はアップ(更新の事)やムーブ(古い機体から新しい機体へ移す事)で最初から『調整』する事はあんまり無い。だからレイが知らなかったのも普通な事だ」
その言葉にレイが聞き返す。
「なら今は学習してるって事だな?特定の何かをやらせないといけないとか、そういうのはないのか?」
レイの疑問に晴が簡単に答える。
「無いなぁ。特にコレ!ってのは。初期のナビAIの成長速度は人間の50倍らしい。無いと言うより、いつの間にか学習してるのさ・・・しっかし―」
晴はナーシャがプレイしている画面を眺めながら
「すげぇ事になってんな・・・テトリス。もうすぐ50面いくぞ・・・」
晴との会話に夢中だったレイがナーシャの方を見ると、ものすごい速さで落ちてくるブロックを凄まじい手捌きで積み上げて消していくナーシャ。
演算処理能力を惜しげもなく披露するナーシャだった。


第十一話 『学習:2』


ナーシャと共に行動するようになって二日目の朝、レイが出社して来ると、事務室の入り口横にナーシャが体育座りで待っていた。
足音に気付いたナーシャは、レイの顔を確認するなり走り寄ってくる。
「マスター・・・」
初めて言葉を発したナーシャは、相変わらずレイの手を『がっしぃぃ~』と握ってくる。
ナーシャの初めての声に少し驚いたレイだったが、姿勢を低くして視線を同じくらいに合わせながら挨拶する。
「おはようナーシャ。もしかして、待っていてくれたのか?」
「はい・・・待ってました・・・」
小さな声で返すナーシャの頭をレイは撫でながら、
「ありがとう」
そう言うと、ナーシャは笑顔で頷いた。



昨日、レイがあてがわれた寮に戻ってからした事は電話だった。
電話の相手は自分の父親、高橋洋介だ。
呼び出し音が数回聞こえ、すぐに声が聞こえた。
『あ~、はい、こちら総合機械工ォ~』
その声に微かに懐かしさを感じながら声を出す。
「レイです。久しぶり」
『おぅ、レイか。どうだそっちは?』
「あぁ、何とかやってるよ」
『そうかぁー。まぁしっかりやれよ?』
数分間そんなやり取りをしながら、レイは本題を口にした。
「質問なんだが・・・、子供の教育ってどうやったら良いと思う?」
その質問に受話器からは数秒の沈黙の後に、高橋洋介は疑問形で返して来た。
『・・・レイ、おめぇ・・・、もしかしてあのお嬢ちゃんと『出来ちゃった』のか?』
何とも勘違いの激しい疑問だった。

誤解を解消して粗方の説明を終えると、受話器の向こうから快活な声が聞こえる。
『いやぁ、すまねぇな。オレはてっきり、レイが法律に引っ掛かりそうな事でもやっちまったのかと思ってよぉ』
「やってないよ!俺の言い方も悪かったとは思うけど・・・」
『まぁそう怒るな。しかし、起動初期状態のナビAIねぇ・・・』
レイは何も言わずに返答を待つ。
『オレは詳しくは無ぇんだがなぁ、オレ個人の意見としては―』
高橋洋介は一呼吸の間を空けて、
『オレならソイツの事は普通の子供として扱わねぇ。キッチリ一個人として接する方が良いと思うぜ?』
「・・・そうか・・・」
その後に
『でもよぉ、褒める時はしっかり褒めてやれよ?』
そう付け加えた。

昨日の電話の内容を反芻したレイは、ナーシャに向き直りながら尋ねた。
「ナーシャ、今日は外に出てみようか」
その言葉に、ナーシャは驚きと不安が入り混じった表情で聞き返す。
「外・・・ですか?・・・あの、私・・・」
「嫌ならいい。外に出てみるのも良い経験になると思っただけだ」
レイがそう言うと、ナーシャが意外な返答をした。
「い、嫌じゃないですッ!嫌じゃないですけど・・・あの、その・・・」
少ししどろもどろになりながら、
「・・・姉さんが、『外は怖い世界だよッ!』って言ってたから・・・」
そんな事を言う。レイは疑問を口に出す。
「姉さん?」
「はい。・・・メリル姉さんです・・・」
ある意味納得の返答に、(アレを姉なんかに持ってしまったら、さぞ大変なんだろうな・・・)などと思いつつ聞いてみる。
「そのメリルに何があったんだ?」
「はい・・・姉さんが言うには・・・」
ナーシャが一呼吸の間を空けて語りだす。
「まず写真を何回も撮られ、怪しい男性達にしつこく名前を聞かれ、その男性達に幾度となくアドレスを教えろと迫られて、これまたその男性達に鼻息荒く何処かに連れ去られそうになったそうです・・・」
その解説を聞いたレイは軽く眩暈を起こしかけながら、
「それは・・・『特殊』で『大きなお友達』と言うヤツだ・・・」
その返答に『?』と疑問を顔に出すナーシャに、更に続けて言う。
「俺と一緒なら大丈夫だ」
その言葉に「ハイ!」と元気に返事をしたナーシャは、興味津々といった顔つきだった。

その後、巽に事の顛末を説明すると、「それもそうですね。良いですよ」と二つ返事で許可をもらったレイとナーシャ両名は街へと出掛ける事となった。
出掛ける際、メリルが「ゆ、勇者が!勇者がいるッ・・・!」などと呟いていたが、無視した。
そして今、2人は街の中に立っている、のだが・・・
(何故こうなる・・・?!)
2人の周りには、
「良いねぇ、可愛いねぇ」
「こ、この、『ツン』っぽい、と、トコロが、イイ!」
「ねぇ君ー、この後撮影会やらない?」
「お兄さんと甘いもの食べに行かない?」
「チャイナ服!チャイナ服!」
「おぉ!コッチ見た!くぁwせdrfyふじこlp」
「君ってばドコの芸能人?!」
そんな事を口走りながら無遠慮にシャッターを切り続ける『特殊』で『大きなお友達』に囲まれていたのだった。
(このままでは、ナーシャに要らぬ不安を与えてしまう!・・・もう手遅れのような気もするが!)
声にせずにそんな事を考えたレイは、次に起こすべきアクションを組み上げる。
(まず!この変態・・・もとい、『大きなお友達』の包囲網を突破しなければ!しかし、2機編成で、どうしたらこの敵の鶴翼陣形を突破出来る?此処は駅前、退路としては十分だが、しかし俺達の目的地が目の前200メートルの位置に在るのに!撤退など・・・!)
横を見やれば、そこには今にも泣き出しそうに目尻に涙を浮かべるナーシャ。
(僚機は既に怯えている・・・!速くどうにかしなければ!・・・・・・。と、部隊ゴッコは終わりにして。ナーシャを連れて先を急ごう)
そんな事を思考しながら、横のナーシャをもう一度確認。
そしてレイは、ナーシャを抱きかかえ、人垣を中央突破するのだった。

その後もレイとナーシャには色々とあったのだが・・・それはまた次の機会に語られるだろう。


第十二話 『報告』


時刻は昼過ぎ、1時を回った頃。
茉里がトレーラーと共に帰って来る。車から降りてきた茉里の顔つきはどこか影を落としているようにも見える。
「・・・・・・・・・・・・」
無言。晴の時のようにナビAIに指示をする事は無かった。
無言のままフラリと歩き出す茉里を見送ったナビAIは何を思うのか。
主の指示は無くともベースへと戻って行った。

事務室。そこでいつものデスクワークをこなしている巽は喉の渇きを覚えて近くにある小型の冷蔵庫を開けて、中にある飲み物を取り出した。
デスクに戻り、ペットボトルの蓋を捻り開けていると、事務室の扉が開いて茉里が入ってきた。
「お帰りなさい、茉里さん。お疲れ―」
社交辞令のような言葉を言いながら茉里をよく視ると、言葉が詰まってしまう。
視た先の茉里の表情は普通。機嫌が悪いようにも、良いようにも見えない。”表面上”は。
しかし茉里を包み込む雰囲気は、心臓が弱い者がいればすぐに気絶する、そう思える程の『殺気』に満ちていた。
「ただいま。すぐ報告するわ。今、時間良い?」
そう言った茉里の声音は、どこか冷たい印象がある。
「かまいません。場所はココで?」
「ココで良い。それじゃ早速始める。・・・今回の『護衛』で・・・」
『派遣』された先で起きた事をスラスラと述べる茉里。
「―で、テロ屋は3機のブランジで来たわ」
「ブランジが3機?!あのテログループがそんな―」
事前に調べた情報に無い事実を聞き、驚きを隠せない巽の言葉を切るように茉里が告げた。
「多分・・・、ヤツが手引きしたのよ。・・・あの『ケイオス』が・・・!」
ガツン!とデスクを殴りつけた音が事務所内に響き、その音を聞き届けた巽が重い口を開く。
「・・・交戦、したんですね」
『ギリッ』と歯軋りの音。それだけで結果は分かっているが、茉里は続ける。
「そう、交戦、戦ったけど・・・!いいようにあしらわれて!―」
一呼吸。
「―テロ屋を始末して、消えたわ・・・」
その言葉を聞いた巽は、
「・・・よく、無事に帰って来てくれましたね」
どこか哀しげな表情で言った。

その頃、晴は事務室がある階層の一つ下の階の、訓練室の一画、シューティングルームで射撃訓練をしている。
映画などで聞くのとは大分違う発砲音を幾度となく奏でる。
弾倉を入れ替えてスライドストップを降ろせばスライドが元の位置に戻りながら弾丸を銜える。
銃を持つ腕をゆるく曲げ、半身を軽く引いた姿勢で引き金を引く。
1発、2発、3発と連続で撃ち続け、スライドが後退したまま止まる。弾切れ。
弾倉を抜き、スライドストップを指で降ろしたまま2回程スライドを往復させると、晴は銃を置きマンターゲットを確認した。
マンターゲットには銃弾による穴が一つだけ。
「まぁまぁ・・・だな」
そう呟くと、銃と弾倉をラックに返し、そのままボルトアクション式のライフルを取る。
そのまま向かったのは500メートル相当のレーン。
クッションなど敷かずにライフルを構え、スコープを覗く。覗きながらレティクルを調整する。上下のダイヤルを右に20度、左右のダイヤルを左に12度回し、構えなおして撃つ。第一射、中心部よりやや左上5ミリに弾着。
調整。第二射、同じ方向に2ミリ。調整。第三射、ほぼ中心、誤差1ミリ以内。
その結果に、
「まぁ、上出来か・・・な?」
満足したように呟いた。

茉里は報告を終えると、自身の気持ちを落ち着けるべく訓練室に向かった。
訓練室に入ると、そこに休憩中と思しき人物がいる。晴だ。
「お?帰って来てたのか、お疲れーって・・・。なんかピリピリしてるねぇ」
「分かる?じゃぁ訓練付き合ってよ」
いきなりの物言いに面食らった晴は言い返す。
「いやw ちょw いきなりじゃん?!」
「いいから付き合いなさい」
有無を言わせない口調に、晴は『まぁいいけどさぁ・・・』などと呟きながら立ち上がる。
「オレ、手加減とかできねぇぜ?OK?」
晴が自分のコートを羽織り、中からリボルバー銃を取り出しながら聞く。
「別に構わないわ。そっちの方が訓練になるでしょ?お互いに」
茉里はそう言いながら壁のラックから模擬刀を手に取る。刃渡り三尺二寸にも及ぶ獲物。真剣なら野太刀に分類される物だ。
晴は銃の弾丸を模擬弾に詰め替え終わり、茉里の方へと近寄った。
「んじゃぁ~、始めっかぁー」
訓練が始まった。

銃と刀、どちらがより武器として優れるのか。その疑問は、まず前提から間違っている。何故ならそれぞれが担う役割が違うのだから比較のしようが無いのである。では、その役割が違う二つが争えばどうなるのか?
その一種の答えが、訓練室の中で繰り広げられていた。
訓練開始直後に動いたのは茉里。相手が飛び道具である以上、距離を詰めなければ狙い撃ちにされる。大きく踏み出す一歩は普通の五歩にも及ぶ。
懐に飛び込む形で相手を見れば、銃をこちらに向けている。
(速い!)なら、どうするか?このまま模擬刀で打ち払うか?それとも身をひねってかわすか?そのどちらでも無い。茉里は更に身を低くした。

(あ、ヤバ)姿勢を更に低くした相手から射線が外れた。修正する頃には相手は懐に深く侵入しているだろう。このままでは手痛い一撃を貰ってしまう。
(アレって痛いんだよなぁ)そう思いながら晴は左後ろに飛び退いた。
その瞬間に鼻先を掠めるような払いが通過する。(うひぃ、アブネェ)更にバックステップで距離を取る。距離が開けば銃が有利。晴は狙いを即座に済ませて撃つ。

かわされた。追撃の払いは空を薙いでいる。相手は更にバックステップで距離を開け、狙い、撃つ。
狙いは正確に頭。それが仇となる。(当たる場所が分かってればかわしやすい!)地に左手を着けて体重を預ける。連動して体勢は瞬時に更に低く。弾丸が頭上を通過。そのまま左手に力を込めて地を突き返せば姿勢は起き上がる。追撃は危険だ。今は銃の舞台で、無理に詰めて行けば撃たれる。一発ならかわせるが、今、相手の『両手』には銃が握られている。二発目はかわせない。茉里は後退せざるを得なかった。




続きます
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う~ん・・・

明日は(今日だね・・・w)給料日。
うーん、少ないだろうなぁ・・・orz
%%泣きそうだわw%%

夕方からはショップに行かなきゃだし、愛車の調子も見てもらう予定。
本当なら足回りのブッシュ類を全交換&エンジンのオーバーホールしたほうがいいんだろうけども・・・%%そうなると20万は飛んでいくぜ!・・・(泣%%

そういえばオイルクーラー、取り外しました。なので今は水温しかモニタリング出来ないですw
てかね?不思議な事があったのですよ。

'' ド レ ン プ ラ グ 無 く な っ て た ''

え?
ですよwえ?www
オイルクーラー取り外した関係でオイル補充したんですが、足元に不気味な影が・・・。
何ぞ?と思ってよく見たらですね、オイルがドバドバ出てるじゃないですか!
もしや!と思ってオイルパン見たらある筈の物が無い!
『えぇ・・・・???』ですよw
確かに前回のオイル交換の時、指で締めてその後にスパナでキュッキュッ!と締めたんですがね・・・?(しかもその後に『締めたっけ?』点検してるんですよ)
疑問しか残りませんでした・・・(苦笑

私:『何で無くなってるん?』
S15:『ウチは知らんよ。締め過ぎか緩んどったんとちゃうん?』
私:『そのせいでオイル2リットルダダ漏れだったんよね・・・』
S15:『でも元々はフラッシング用に買ったオイルでしょ?安モンやん』
私:『せやかて・・・響くモンは響くんやって・・・』
S15:『・・・何に響くんよ?』
私:『お前さんのガソリン代』
S15:『イヤや~!今かてタンクん中20リットル切ってんねんよ!?』
私:『そない言いなや!無いモンは無い!』
S15:『満タンしたんも随分前やないの~!』
私:『文句言いなや~、次のオイル交換でごっつえぇオイル入れたろ~思っとったのに』
S15:『・・・ちなみにそのオイルって?』
私:『前に入れたったヤツ。リッター1800円くらいのターボ用の』
S15:『・・・分かった許しちゃろうやないの』

何でだろうか?こんな寸劇が思いうかんだwww

※この場合のフラッシングとは、人間で言う所の『うがい』と同じ意味です。
添加剤などを使用したフラッシングは''個人的''にはオススメしません。
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